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今夜の番組チェック

 
事実はマンガより

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 燦々と陽射しが差し込む新婦控え室の中央には美々しい衣裳に身を包んだ花嫁が座っとって、式典の前に訪れた客をあでやかな笑顔で迎える。(2段ぶち抜きの大ゴマ、破線の集中線)。僅かに複雑な微笑を向けるのは嘗ての恋人、けど完璧に化粧した花嫁はちっとも視線をそらすことなくこう言う、「わたしとても幸せなの……」その言葉に安堵した男はぬるま湯のような笑みと共に「おめでとう」と囁く──アホと違うか。今時こんなシーン描いたら次の仕事は来んわ! 前の担当はこういうベッタベタなのが大好きやった。ファミレスで3時間粘ってやめさせたけどな、普通逆やろ。
「啓ちゃん、スケッチもいいけど本物見に行こうよ。時間ぎりぎりだよ」
 日焼けした畳にきっちり正座した坊ちゃまがくそ真面目な顔で催促した。昔飼ってたポチのおねだりとおんなじ顔や。
「スケッチじゃなくてアタリ言うんねん」
「だってこのノート、表紙にスケッチブックって書いてあるよ」
「お前広告ビラとかガッコでもろたわら半紙の裏に五線引いたことないんか?」
「ないと思う。ワラバンシって何?」
 少しはケチれ音大生、お前環境に優しゅうないわ。そういや今日びわら半紙見んな、最後に見たのいつやろ……ああこれ使お、ジェネレーションギャップでがくっとするオヤジネタもひとつ追加。
「叔母さんが袖と丈長めかもしれないから見てみてって言ってた。啓ちゃん背伸びた?」
「26で今更伸びるかボケぇ」
 おかんが穂高に持たせて寄越した礼服はぴったりやった。職業柄おれがスーツはおろか、ネクタイの一本だって持っとらんと思っていたんやろ。あのな、おれかて授賞式とかなんとかパーティーとかでマジメなカッコすることはあるわ、女の編集者なんてチェック厳しいねん、「先生素敵、別人かと思いました! メルローズのスーツですね?」別人やと? 失礼な。いちいち服屋の名前なんて憶えるかい。
「僕だって自分の服を買う店の名前くらい憶えてるよ?」
「言ってみ」
「伊勢丹」
「お前よかましや」
 それでもこいつにしてみればえらい進歩や。一人暮らし万々歳や。
 ベルリオーズなら知ってるんだけど、と呟きながら穂高はうまい具合におれのネクタイを直した。何でお前ドブロクみたいな煎茶淹れるくせにネクタイやら袱紗の包み方とか知っとるん?(ネクタイは一般常識か)
「啓ちゃん、美希ちゃんってどんな子だっけ」
 お前の従妹や、と言いかけたのを呑み込んだ。こいつが初めてここに来た時、ドアを開けたおれを見てこいつ、すみません間違えましたと言いよった。そりゃおれ昔は坊主頭やったし今はロン毛(伸びっぱなしなだけ)やけどな、顔を見ぃ顔を。
「後でじっくり見い。ウェディングドレス着たのがそれやねん」
「この前間違えた。白い服が一人しかいなかったから間違いないと思ったのに新婦さんじゃなかった。和式だったら間違えなかったのに」
 いやお前には間違える才能が備わっとる。
「基本的に一番ビラビラで場所取るのが花嫁や」
 ふうん、と穂高は3歳の時と変わらん尊敬の眼差しでおれを見よった。柴犬め。
 
 

 
 
 控え室は和服のおばさんがうろついてるだけやった。
「何で美希のやつおらへんねん……」
 脱走か? それなら美希より相手の方やろ? ワタボコリがマリモみたいに転がる汚い床にアホみたいにつっ立っとると、穂高が便所から戻ってきた。
「啓ちゃん、美希ちゃん達帰ってきたよ」
「捕獲されたんか?」
「時間があったからちょっと飲んでたんだって」穂高は首を傾げた。「でも妊婦ってアルコールいいの?」
 おれが何か突っ込む前にけたたましい綿羊もどきの集団が狭い入口をぶち破る勢いで入ってきた。入口のところにいた穂高ははねられたか踏みつぶされたかしたらしく、見渡す限り白いガサガサした布とレースと腕と香水の匂いと金切り声と。
「まあ啓ちゃん大きくなったわねぇ、おばさんよ憶えている? ちょっと前までこんなちいちゃかったのにねぇ」
「おほほほ、あたしは憶えてる? おしめ替えてあげたわよねぇ」
「美希ほら口紅直しなさい」
「あらあら啓ちゃん今何しているの? すっかり立派になっちゃって、啓ちゃんはまだ? あらあらまあ背ェ幾つ?」
「やだ真砂子さんたら真っ赤じゃないの、披露宴前だっていうのにやぁねぇ」
「ああ喉乾いたわ、お茶飲みたい」
「あらァ穂高君いたの! まあそんなところにちっちゃくなってないで、さあさあこっち……」
 うるさいねんババア共。
 びいびいぎゃあぎゃあ綿羊と同じや、だったら牧羊犬の一匹や二匹連れとけ! 何がおしめや何十年前の恩やそんな記憶があってどうするねん、にっこり笑ってあーそやなおばはんの顔に小便小僧みたいにぴゅーってしてもうたわとか話合わせりゃええのんか? 人の顔見る度同じこと訊くなボケぇ、しかもこの匂い、全員飲んでんな? もも色さくら色の親族席や。
 視界一杯にがさがさ広がっているのがウェディングドレスの一部だと気づいてきょろきょろすると、花とレースに埋もれた美希がすぐ隣に立っていた。こっちを見上げてニカッと笑う。
 花嫁ってのはもっと何つーか、恥じらいというか初々しさというか。
「出来ちゃった婚やったんかお前」
「5ヶ月。啓ちゃんまだ言葉抜けてないね、東京来てから何年経っとんの。あ、うつった」
「おかん何も言うとらんかったぞ」
「うん、電話切った後で『あ、忘れた』とか言ってたわ」
「はあ……まあええけど。うちはともかく親戚うるさそ」
「大丈夫大丈夫、おっとりまったり家系でしょ」
「この綿羊集団のどこがや」
「面妖ってあのね。並木のばあちゃんからして『あらぁ、今の若い人は皆そうなのねぇー』って。あ、穂高ちゃん。啓ちゃん連れてきてくれてありがとう」
 何やそれは! 運転してきたのはおれやねん。抜け道探すのも駐車場探すのも。穂高は助手席に座っとっただけや、免許くらい取れ。
「穂高ちゃんが誘いに行かなきゃ忘れてたでしょ」
「忘れるかい妹の結婚式を! 担当の鬼神崎おめでと言ったその口で4週分タメがなきゃ駄目言うて、スケジュール詰めてカンヅメ食らって、ついでとかいってカラー4枚描かされたわ」
「そうだ、後でサインよろしく。友達で啓ちゃんのファンいるの」
「自分の披露宴くらい主役にならんかい!」
「まあまあ。啓ちゃんオナカ減ってない? 向こうの親族控え室に色々あるよ。あー何かあたしも食べてこよ」
「あの、新婦さん、あと30分くらいですので……ドレスが……」
「ほれみぃ、おとなしく座っとれ」
「穂高ちゃーん、何か食べるもん持ってきてぇ」
 
 
「お前真に受けんでええからな、ドレス汚したら買い取りや」
 あの格好で下のレストランでワイン飲んでたんか、あいつは。式場の人がOKする筈ないし、こっそり言うてもどう見ても新婦やぞ、それも妊婦。つーか誰か咎めるやろ普通! ええんかうちの親戚一同。
「え? あれ売り物なの?」
「アホ、レンタルや! お前みたいにスワローテイル自前で持ってる方が珍しいんやぞ」
「そっか、結婚衣裳って一度しか着ないもんね」
 いや決まってない。ここで今言うのはブラックやねんけど。
 穂高はネクタイの結び目をいじりながらくすくす笑い出した。
「僕ね、美希ちゃんと会うの10年ぶりくらいな気がする」
「おれより頻繁に会うとるやないかお前」
「お正月と法事の時くらいでしょ。あれくらいの女の子って皆区別がつかなくない? 毎日雰囲気が変わるというか……僕が憶えていたのは小学生の時の美希ちゃんなんだよね」
「だからお前はカノジョおらへんのや」
 ああおれもやけどな! 差し入れに来ると皆びっくりして逃げよる。当たり前や、〆切前の漫画家がまともな会話が通じると思うな。おれが小綺麗にしとるとしたら煮詰まって描いてないんや。トーンの切れ端つけて修正液で指染めてんのが順風満帆平穏無事。そんなの分かってるわよとか皆来る前には言うくせに、ずるいわ。
「美希をみろ、お前より一コ下でもうおかんやぞ」
「啓ちゃん電話の時だけ東京弁なの?」
「バイリンガルや。ごっつ頭使うで? 次の連載の主人公は大阪・高知・広島・名古屋・飛んで秋田を転々とした謎の方言野郎やねん」
「ふうん、すごいね。調べるの大変そう」
 ……信じるなよお前も。
 
 

 
 
 ハナで度肝抜かれたおれにとって、その後の披露宴は驚くには値せんかった。
 新郎の悪友らしい司会のアホな進行も、女装した野郎共の歌と踊りも、物食っとる時まで色紙を差し出してくる親類のおばちゃん達(美希の友達はまだ行儀良かった)も、マイクのハウリングが最後まで直らなかったことも、両方の親への花束が何でかなかなか見つからず後回しになったことも……穂高のピアノがごっつ浮いとったぞ、間奏で皆拍手しよるし。そういやいつの間にかおれの足元にでかい紙袋がぼそっと置いてあって、何かと思ったら祝儀袋がぎょうさん入っとったっけ。誰が管理しとるんねん誰が!
「僕、披露宴がこんなに面白かったの初めてだ」
 酔っぱらったおっさん達にさんざんビールを注がれたり頭を撫でられたりしていたくせに、穂高はしみじみとそんなことをほざいた。ええとこのぼんは違う。
「啓ちゃんの結婚式もこんな風だといいな」
「あかん。ならおれは永久に独身主義や」
「そうなの? あ、出てきた」
 穂高が示す方向にはなかなかええ感じの女の子(野郎もいるが省略)集団がいた。デジカメやら写メール(何か笑える)やらビデオやら物々しい。その中心で派手に笑っているのは今日の主役や。もう尻に敷かれてるんが見え見えの新郎と並んでフラッシュ浴びている。
「ほえ」
「どうかした? 啓ちゃん」
「美希が年頃の女に見える」
 そっか。あの女の子達が美希とタメくらいなら美希も「女の子」なんや。
「うん」
 当たり前のことに俺達はしみじみと頷いた。……ええけどジジむさくないか?
「啓ちゃん、穂高ちゃん、二次会来るよね!」
 美希が仁王立ちで怒鳴っている。ああ、だから花嫁つーのはもっとだな。
「人前でチャンづけはやめんか、ええ歳こいて!」
 美希はにんまりと笑った。えらく可愛い声で怒鳴る。
「お・兄・ちゃん!」
「ぐわっ、やめいそれは! お前のキャラとちゃうボケぇ!」
 どう呼べばいいの? と穂高が首を傾げた。知らんわ。
 言っとくけどなぁ、おれは自分のマンガでこんなわやくちゃな結婚式は描かへんで!
 
 
END.

 
 ハプニングのない結婚式なんてないでしょうハハ。
 『Cloudy,〜』の主人公がボケ役で出ています。従兄の前だと態度違う……穂高には剣という兄弟がいるとか祖母は富士子とか一瞬考えたのですが判断力がまだ残っていたのでボツ。(ここで書いたら没にした意味ない)。
 由緒のないベッドタウンに生まれ育った身、お国言葉には憧れがあります。一度書いてみたかったのですが雰囲気出ているんでしょうか。
 で、結局何が書きたかったんだっけワタシ。

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