曽根崎の足音は判りやすい。一歩ごとに道端の雑草か煙草の吸い殻を踏みにじるような歩き方。きっと曽根崎のオンナの家の玄関には必ずガムが落ちているんだろう。オンナは日替わりだと奴は言った。何でもなさそうにさらりと、それはイケメン俳優の一人に似せた髪形と同じ程度には成功し同じ程度には似合っていないけれど、曽根崎のオンナが日替わりなのは事実だ。しかも半月で入れ替え制。曽根崎には茶髪ウルフヘアの方が似合っていたと思う。
「陣中見舞いですよ大月クン」
コンビニ袋の方はビールとコンビニ弁当。紙袋の方はいかにも投げ入れましたという感じに小箱がぎっしり入っていて、「峰」という文字が透けて見えなければ何だか判らなかったかもしれない。
「これカノジョの? お前の母親いきなり来て玄関にオンナのミュールあったらヤバくね? うるせーじゃんお前んち」
曽根崎は玄関に置かれた古いミュールを爪先で隅に蹴った。コンビニに行く為にわざわざブーツを履くのが面倒だと言ってチサトが置いていったやつだ。
「実はそれ俺の」
キッショー、と曽根崎は奇声を上げてゲラゲラ笑いながら紙袋を逆さにした。軽い紙箱が床に散らばる。
「ども。でも俺、キャメルライトしか吸わねぇよ?」
「認めねぇ。お前にはまずこのタツノオトシゴ柄だ。がっつり行け」
「どこでそんなの見つけたの」
「梅田。時々コンドームっぽくねえ? 煙草の箱って。この数字が薄さ」
「お前そんなこと言いながら吸う?」
安っぽいフローリングの床に積んであったフロッピーケースを拾い上げ、曽根崎は枚数を確認し始めた。今時3.5インチフロッピーなのは何故かと以前訊いたことがある。曰く、山サンとこに在庫あるからだと。この黒いフロッピーが今も細々と生きながらえているのはそれなりの需要がある為らしい。添付ファイルで送ればすぐなのに曽根崎が回収しに来るのも上の指示だろう。たくさんの黒いフロッピー、プラチナのネックレス、地域限定ものの煙草。情報を売り買いする業者の内情は案外ひどくレトロなのだと俺はこのバイトを始めてから知った。この調子だと、山サンのパソコンには個人パスワードのメモが貼りつけてあるかもしれない。曽根崎の先輩というからにはまだ三十前の筈だが。
俺は山サンの顔を知らないし、会うつもりもない。
「お前塩カルビ弁当な」
「んー、何でもいい」
「あー焼肉食いてぇ。新大久保によ、うめーとこがあったんだけど……」
ごつい指輪を嵌めた手が意外なほど器用に動き、フォルダを開いて中身を確認している。曽根崎が真面目に専門を出て修理工になっていたらこの手に握られていたのはラジオペンチだっただろう。そして俺はバイトを2つか3つ掛け持ちし、単位を落としデートの時間が取れずにオンナにふられていただろう。
「こっちは950件。働きもんだな。何か奢れ」
電話帳から1件分の情報をエクセルに入力する毎に100円、と曽根崎が持ちかけてきた時には驚いた。じゃあ50円、とあっさり訂正した曽根崎が一体山サンからどのくらいの給料を貰っているのか訊いたことはない。袖口から覗くシャネルの腕時計が貰い物であるとは聞いた。
「じゃあガスト」
「叙々苑な。そうかそうか、太っ腹だな大月クン」
「クン言うな、うちの教授とカブるから」
「あー、例のすげー髪形の」曽根崎は押し殺したように笑った。「何だっけ、後ろの髪をこう前に流して?」
「そう後頭部のを、こう」
「ありえねーだろ」
ありえない髪形のくたびれたオヤジだが、お気に入りの学生には必ずAをくれる。三回目の授業で教授が尊敬している学者が書いた本をたまたま挙げた俺はラッキーだった。これで競争率の高いあのゼミも確定。
「電話帳って今郵便局でくれねぇのな。俺行った時耳の遠い婆ァがすげー怒ってたぜ、何でくれねんだーって」
明日はチサトが見つけた表参道のナントカの店。イタメシだったかケーキだったか。食い意地は張っているけど料理は駄目。胸はでかいが脚は太い。プラマイは案外きちんと釣り合うものだ。
「お前みたいのが悪用するからだろ」
今年は
「お前もだって」
知らねぇよ、と笑う代わりに適当な箱から一本煙草を抜いた。ああ、ラクダだ。ビンゴ。
「なあ、これ一本一本にらくだって──」
「次の日曜、空けとけ。山サンが奢ってくれるって」
明日はサエリんちだから駄目、とこの前電話で水曜日のオンナの誘いを断っていたのと同じ声で、曽根崎が言う。
「いいよ俺は。関係ないだろ」
「はあ? 何言ってんのお前」
何本目かの煙草をくわえた曽根崎が口元だけで笑う。
「これから頑張ってもらうんだから一度会っておくってさ。今まではまあ、初級編のおシゴトしてたもんな。そろそろ中級編? お前文系の割に器用だし。画像系強いの、今うち少ねぇんだよ」
「俺はただの」
「山サン喜んでたぜ。安心しろ、お前んちにはバレねぇようにうまくやってやるから。ダチはサービス」
そう言って、曽根崎はこびりついたガムを靴裏で剥がすように笑う。
END.
サブタイトル「コメントスパムを見る度にわたしを思い出して下さい」。大月クンの花言葉?
NOVELS WORLDの掲示板にうんざりするほど書き込まれたコメントスパムを見ていて思いつきました。アシモフがアパートの些細な騒音にイラついて短編を一本書いたのに倣い。
個人情報データベース売買ではなくスパムそのものを書こうと思ったのですが、お手本(ホンモノ)を見ていたら小説にするには難しそうで。