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今夜の献立

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「センセエこれ何?」
「ズイキ。知らん?」
「知らん」
「近頃の料理学校は何教えるん?」
「普通の飯の作り方。あんた自分で料理出来ないもの買ってくるなよな」
 だって面白いやん、と門橋啓一センセイは巨大なフロアベッドの上にだらしなーく寝そべったまま寝言みたいに言った。先生ラリってねぇよな?
 サイコ入ってるんじゃないかってくらい凄ェ書き込み(トーン貼りが要らないくらい真っ黒い)の絵の中をブッちぎれたキャラが走り回る、ワケわかんないような読むのやめたいような、けどいつも最後まで読んじゃう、何故かじーんとしつつスカッとする変なマンガを描くこの人は、アシスタントを使わないことで有名だ。(だから本当は描くの凄ェ速いんだろう。時々「作者急病」やるけど)。インタビューとかも受けないし、ネットではやべぇ宗教入ってるとか引きこもりのオタク高校生だとか、いろんなデマが流れている。俺もまさかこんな普通な人だとは思わなかった。
 まあ普通っていうのも違うか? だってサーファー……ちょっと間違えたらホストだろ、この人。喋り面白いし。大阪人だとは思ってなかったんで驚いたけど。でも時々ああやっぱこの変なマンガの作者だわ、って感じがする。
 んで冒頭に戻る。
 ズイキの袋を裏返して調理法を読んでもどんな味なのかピンと来なかった。とりあえず水に30分漬けて2回茹でて水にさらすわけね、でも乾物だぜ? どのくらい増えるかわかんねぇじゃん。あ、原材料名イモガラ? って何? とにかく芋の何かね、茎とか? 梱包用のロープみたいじゃん。
「穂高ァ、あんたズイキ食ったことある?」
「多分あると思うけど」
 広げられたまんまの原稿の前に座っていた奴が返事した。のんびりしてて優しそうに見えるけどそれ何も答えてないと同じ。
「解った」
 ワケわかんねーモンが大鍋一杯になってもなくなるまで食えよ、あんたら。
「啓ちゃんこれ要らない紙?」
「……何で?」
「ここに書いてあるの電話番号じゃないの?」
「そら電話に近かったから。それは上からベタ塗るからええの、触んな。しっし」
 幼稚園児と同レベルに追い払われるのも無理はない。穂高はモノを知らない上におっそろしく不器用で、こないだ飯炊きを頼んだら(研いでちゃんと水量も測ったやつを手渡しただけ! 炊飯器に入れてスイッチオン!)内釜から炊飯器の中に米と水をじゃーっと注いでくれた。しかもこぼしてるし。
「穂高、コーヒー」
 それでも用事を言いつける先生は偉いっていうか勉強しねぇっていうか。
「ちょっと待て、こっち狭いから後にしろよ」
 俺の夕飯作りの邪魔をするな! という意味を思いっきり込めると、穂高はちょっと首を傾げて笑った。
「大丈夫、インスタントだから。マグカップ取りに来ただけ」
 いんや! それだけでも信用ならねぇ。俺はささっと先生愛用のマグカップを出して差しだした。穂高はありがとうと言って戻っていく。大学生って聞いたぞ確か、確かに大学なら何も壊さなくて済むだろうけどな……トロ臭ぇ。社会人になれんのそれで? つーか学生が何でイトコんちにしょっちゅう入り浸ってんの? 二人してぼーっとして。
 ……まあ、そんなとこで飯作ってる俺も俺だけど。
 米をとぎながら首を傾げた。
 学校通うのにも金は必要なわけで、しかも入った大学勝手に辞めて専門学校に入り直した馬鹿息子に親が家賃ぎりぎりしか送んねぇと宣言したのも無理はない。(つーかそこで見捨てないでくれてありがとう)。てなわけでバイト魔よ、体力だけは無駄にあるから深夜営業の時給の高い飯屋を狙って金と経験値アップの一挙両得をやってたら、いつの間にかここの飯炊きバイトもするようになった。メシスタントってやつ? まさかこの人が漫画家だとは思わなかったけどな、最初は。
「穂高、これ何や……?」
「え? インスタントコーヒー」
「センセエ今日徹夜? やるなら冷や飯残ってるから何か作っとくけど」
「ムスビ……」
「……センセエ泣いてる?」
「お前飲んでみる? すげぇ不味い……」
 黙ってるとクールで女にもてそうな顔なのに、それを盛大に崩して先生はよろよろ洗面所に行った。
 悪戯をして叱られた意味が解ってない犬(先生がよくちびとか柴犬って呼ぶのが解る)みたいな穂高がマグカップを両手で抱えたまま俺を見上げる。
「……あんたインスタントコーヒーも入れられないのか?」
「そうみたい。瓶の説明通りに作ったんだけど」
「自分で飲んでみろって」
「コーヒーにも味見って要るんだ?」
「いいから飲め」
 子犬みたいな馬鹿はちびっと飲んで難しそうな顔をした。
「……濃いかな?」
「どのくらい入れた?」
「スプーンに山盛り一杯」
「どのスプーン?」
 穂高が見せたのは、多分先生が昨日のカレーを食ってそのまま投げておいたかどうかしたやつだった。
 あり得ねぇ……濃い以前に、表面にアブラ浮いてるんだけど……。
「つーかセンセエも飲む前に普通解んねぇ?」
「高宮って飲まないでも味解るんだ? さすがだね」
 その尊敬のマナザシはやめて。何なんだこの人達。
 

 
 穂高がリクエストした赤魚の一夜干しを魚焼き器に入れて、味噌汁はキャベツとほうれん草とネギにして、先生リクエストのひじきの煮付け(こういう飯が凄ェ恋しくなるのはよく解る)を器に盛りつけて、揚げ出し豆腐の上には木の芽がないから冷凍のアスパラの穂先をちょっと載せる。
 で、問題のズイキだ。味ほとんどねぇじゃん、酢の物や炒め物にもいいって書いてあるけどマジ? こういうやつってジジババ色に煮しめるもんじゃねえの?
「センセエ、これ何に使うつもりだったわけ?」
 相変わらずフロアベッドの上で懐かしのたれぱんだみたいになってる人が唸った。いつも明るい人なのに珍しいよな、スランプなのかなあれ。でも机の上に原稿出してるし、さっきまで描いてたんだろ?
「何か手伝う?」
 穂高がするっと覗き込んできた。いや、いい! 何にも触るな! と言いたいけど、あれだよな、何ての? ドラマに出てくる、ガキが進んでお手伝いしようとするをはねつけるヤな感じの親(俺親かよ)。でもこの人確か俺より年上なんだけど。
「これ何で食いたい?」
「え? お箸?」
「……ああ、えーとな、調理法」
 穂高は二度煮したズイキを眺めて真剣に考え込んでいる。
「多分ね、前に食べたのは佃煮みたいなのだった」
「あんたしょっぱいの嫌いじゃん」
「え? あ、うん」
「じゃあ半分は薄味で煮て青煮の蕗と結び湯葉を付け合わせて、でも今日はひじきあるから明日にして……冷蔵庫ん中に何か半端なもんある?」
 穂高は面白そうな顔をして冷蔵庫を覗き込んだ。
「赤ピーマン」
「は? 俺買ってねぇ……しかも見切り品? ……センセエ?」
 フロアベッドの主がうつぶせのままふはははと笑っている。俺の仕事の妨害? つーかあんたスーパー行くのか? 思いっきり似合わねぇ。
「穂高酸っぱいのはいけるよな?」
「うん」
「え? お前ら何企ててん?」
 先生が慌てて顔を上げる。キツい酢が駄目なんだよなこの人。
「いやー別に責任取ってもらうだけ。センセエたくさん食べてね?」
「タカが苛める……」
「とりあえずカレー味のお茶飲みたくなかったら汚れた食器下げて」
 魚の片側がそろそろ焼ける匂いが漂ってきた。
 

 
 赤ピーマンを焼いてズイキとあわせて黒酢でナムル風にしたら、見た目のエスニックな色に騙されてか観念したのか、先生はちゃんと食べた。そうそう身体にもいいよ、と穂高と二人で結構遊んだ。へこんでたワケは知らねぇけどさ、たまにはこんな日もいいんじゃないの。
「歯が痛いんだと思うよ」
 帰り道にふと思い出したように穂高が言った。訊いてねえって。
 穂高と途中まで同じ方向だったんで一緒にプラプラ歩いた。つーか、いかにも絡まれそうなんで駅まで送っていったっていうのが正しい。お小遣いくれない?なんて言われても意味解んなそうだもんこの人、マジに。
 歯の痛いとこに熱くて濃すぎるコーヒーか……まあ穂高に頼んだのは先生自身だしな。いいか別に。そういえば食後の番茶を飲みつつ凄い顔してたか?(そこまでして飲みたいか)
「今思い出したけど、この前奥歯がしみるって言ってた」
「先に言えよ。まあ今日は固すぎるものとか出さなかったけど」
「柔らかいのばかり出してるとなかなか歯医者に行かないからいいんじゃない? 啓ちゃん歯医者嫌いなんだ」
「ひでー」
「料理って面白そうだね。即興演奏みたいだ」
 面白いは面白いけどあんた向いてないと思う、というのはおいといて。ソッキョー……てあれだろ? その場の雰囲気で演奏したり歌うってことだよな、字面だと。ギターやってる友達が酔ってそういうのやってたけど、それ?
「音楽好きなん? 俺そっち系全然知らねぇけど」
「ピアノやってる」
「へー。ナニ、即興で弾いたりすんの?」
「時々。今度ズイキのイメージで弾いてみようか?」
「あのなあ……」
 驚いた。
 さっきまでのお手伝い幼稚園児じゃなくて、おとなしそうなだけの坊ちゃんでもなくて、凄ェ楽しそうな顔するじゃんよ。
「ノロケ聞いてるみてぇ」
 穂高は目を丸くした。
「料理のこと考えてる高宮と同じかな?」
「あー、かもね」
 あんたら色々変で欠点もあるけど旨そうに食ってくれるしさ。食い方も綺麗で気持ちいいんだよ、作るの。
「なら嬉しい」
「何、それ」
「料理してる高宮かっこいいから」
「そりゃあどうも……次からは小さじ使えよ?」
「コサジ? って何?」
 ……コーヒーの瓶にティースプーン貼りつけておくか。
 
 
END.

 
 穂高が書く度にアホになっていく……
 料理モノが書きたくなってふと急ぎ働き(ドロボウかい)。漫画家の家は職業色々な奴が入り浸っているようです。コック高宮の「あり得ねぇ」が書きたかった。(本来の意味を外れたヘンな言い回しですよね、最近のこれ)。
 ズイキは芋茎とちゃんと変換されます。門橋宅の今晩のメニューはうちとほぼ同じ。渋すぎ。

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