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今夜の番組チェック
It's Raining
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五月雨が朝から降り続いているこんな季節、トーノのように明るく気のおけない話し相手がいるのはありがたいものだ。毎日この部屋に入り浸っているこの義兄は、今日も当然のように現れて棚を物色している。
「ったくよー、また今夜も帰れねぇのかよ俺達。新婚サンに気ィ使えってんだよ。な? お前何かいいヤツ持ってない?」
「いいやつって何?」
「お前結構天然だよな。やるこたやってるくせに。これで何日詰めてんだっけ俺達、お前タマんねぇ? 監禁プレイ? お、面白そうなものあるじゃん」
トーノがにやにやしながら鷲掴みに取りだしたのは、女達がヒカルに寄越した様々な色の結び文だった。ヒカルは何食わぬ顔でぼんやりとそれを眺めている。つき合っている女の中には仲が世に知れれば二人とも身の破滅、という女も何人かいるが、そんな女の手紙を他人の目につく処にうっかり置いているようでは男はつとまらない。
「ふーんナニナニ? うへ、情熱的、字ィ下手だけど。こっち紙の趣味悪すぎ。……んー? この字アレだろ、○○んとこの○○」
「……どんな女だっけ」
「まあまあ美人だけどオサカンでタコ足状態の、××が××で」
「ああそうかも」
「マジかよ、俺これと同じ歌もらったぜこいつから。うへーお前と時期まで一緒? 俺らキョーダイ? って実際そうか」
「いや、面倒になって行くの結局やめたから」
「お前いつか刺されンぞ。あ! この女もしかして○○○! うわっあの高ビーな女がこんなこと書くわけ? うへぇ興ざめ、しかも歌下手」
「僕らよくバッティングしてるみたいだね」
「そりゃあお互い行動範囲似たようなものじゃんよ。お前たまにはうち来いって。お、恨みの歌じゃん。ケケケ不義理ばっかりしてるからだ、ざまぁ見ろ。──ケッひでぇ歌だな、パクリじゃん。うわー臭ェこの香俺ダメ」
トーノの良く通る声が廊下まで聞こえたのか、遊びに来たらしいフジと左馬が部屋の入口で立ちすくんでいる。ヒカルが苦笑して手招きすると、二人はトーノが撒き散らした手紙を踏まないようにおそるおそる入ってきた。
「よう、お前らか。適当に座れ」
トーノの方はひらひらと手を振ってみせたが、友人とはいえやんごとなさすぎる二人の貴公子の前でくつろぐ度胸などなく、二人は手紙の数枚をそっと退けてかしこまった。
「相変わらず……おモテですねぇ」
フジが手元の手紙の熱烈なキスマークを眺めながら呟く。
「社交辞令みたいなものだよ」
「お前社交辞令でヤリに行くのかよ」
「場合によってはね」
「オトナな回答だ。おい左馬、お前この中からどれが好みだ?」
「うわうわうわ、勘弁して下さいよぅ」
「か、片づけて宜しいですか?」
だらしなく寝そべっているヒカルがくすくすと笑いながら頷いたのを見て、フジはあっという間に手紙をきちんと揃えた。どう出世しても中間管理職止まり、未来は確実にこの二人の部下になる身である。上司の女性関係など知らないに越したことはない。何しろこの二人は節操なさを競っているのではないかと疑いたくなるほどの漁色家として知られている。「ヒカルには及ばねぇって」「僕は地味だから」とお互いナンバー1の座をなすりつけあっていても、フジや左馬からすれば大差ない。
願わくば、この二人が女がらみのトラブルでポシャって巻き添えを食らいませんように。左馬とフジは思わず胸中で同じセリフを呟いた。
「それにしてもよー、こう見るとなかなか合格ラインに届く女っていないもんだな」
フジが揃えた手紙の山を眺めながらトーノが言った。
「いいカンジかと思って夜這いかけたらすげぇ普通だったり? 嫌味だったり。最初はまあまあでも段々アラ見えてきたり」
「贅沢だね」
「あーそれで最近思ったわけよ、女は中流がいい! 何つーか個性的で面白い」
ホント贅沢なこと言っているよこの人。と左馬とフジが胸中で呟く。
「でも上流とか中流とかってどうやって決めるの?」
「俺にふらないで下さいよヒカル様……でも田舎とかでも結構いい女いますよ? 地方の方が都よりも裕福だったりしますし、のんびりしてますから大らかで癒し系なんですよね」
「お、出たな左馬! よっ隠れタラシ!」
どうやら左馬は今夜の話題はずっとこれだと腹を括ったらしい。フジは溜息をついた。こういう席で一人だけしかつめらしい顔をしているほど野暮ったいものはない。どのへんで相槌を打てばよいものやら。
「じゃあ金持ちというのは外せないんだね」
「うえ、お前の口から銭なんて言葉が出るとは」
「でもごく普通の家で、兄貴が不細工で父親もぱっとしないようなとこにいい女がいるってこともありますよ、たまには。そういうの見つけるとすごく嬉しくないですか?」
左馬の言葉にフジはそっぽを向いた。フジの妹が美人なのは周知の事実だが、ヒカルは頬杖をついて、そんな人いるかなあ、とぼんやり呟いている。
「……ヒカル様そういう情報に疎いですよね」
「だから僕そういうのにあまり興味ないんだって」
残りの三人は顔を見合わせ、ひそひそと囁きあっている。
「あー駄目だこいつは。努力ってもんを知らねぇ」
「世の中何か間違ってます。おっおれなんか成功率一割切ってんのに」
「誘蛾灯みたいな人ですねホント!」
「俺に怒るなよ」
聞こえてるんだけどなあ、とヒカルは手枕で横になった。自分にだって絶対に手の届かない人はいる。他の全ての女と引き換えにしてもいいのに。
「何憂えてんだよコラ、蹴るぞ」
「もう蹴ってるじゃない」
「いっそお前が女だったらなー、サイコーなんだけど」
「中将また危険な発言を」
「だって原作に何度もそう書いてあるじゃんよ」
「紫式部実はドリーマー? でもヒカル様が女性だったら、そりゃあ絶世の美女でしょうがいい奥さんって感じじゃないですね」
左馬がしげしげとヒカルを見てそう言った。
「お、言うね。左馬センセイ理想の妻を語る?」
「妻は顔じゃありません。真面目が第一です!」
「……何かあったのお前?」
「だってねぇ、頭いい女だと賢ぶるし、こうやって手紙書いちゃあ浮気ばっかりだし、かといって足りない女だと冗談言っても解ってもらえずスゲー虚しいし、幼すぎるとおちおち家を留守にも出来ないし、自己完結する女はいきなり世を儚んで尼になったりするし!」
「……色々苦労してんだな」
「中将やヒカル様みたいに上流の方々はそりゃあ、いいとこのお嬢さん方とお付き合いしているからあまり経験おありにならないかもしれませんが」
フジも頷いて相槌を打った。
「いやー俺だって悲恋の一つや二つ」
「そういうの聞きたいよ僕」
「お前も話せ!」
「まだ『箒木』じゃ僕の話せることは殆どないよ」
「じゃあ左馬! とりあえずこういう時はやはり酒だ。ヒカル」
「はいはい」
左馬が昔の女に指を噛まれた話をくどくどと語り、トーノが撫子という子持ちの愛人の話を珍しくしんみりと話すうちに皆酒が回ってきたようだ。最後にはフジがつき合っていたインテリ女の話をしたが、呂律が怪しくなってきたので途中で話が途切れてしまった。
「あいつら平気か? つーか俺達今勤務中だぞ、酔うなよこれくらいで」
二人を送り出したトーノが窓を開け放して戻ってきた。外はしとしとと雨が降り続いている。
「いやーさすがこのメンツだと女の話は盛り上がるわ。次はもっと飲ませてアレな話しようぜケケケ。しっかし鬱陶しいな、この雨は」
「……羨ましいね」
「あん?」
トーノはヒカルを振り返った。寝そべったヒカルが漆黒の双眸を細めてふっと微笑する。はぐらかされたような気がしてトーノは顔を顰めた。
「……夏の衣服出来てるから、寄れって」
「うん」
「……お前も葵も馬鹿だよ」
「……かもね」
トーノは小さく溜息をついた。雨は嫌いだ。
END.
トーノ=頭中将(源氏の義兄で葵の兄)、左馬=左馬頭、フジ=藤式部丞。一応書くとキャラの性格変えています(左馬頭も藤式部丞もプレイボーイらしい)。ホントは半蔀とかいうフタみたいな窓しかないのでかなり暗いと思いますが(つーか夜だよ)ラストのトーノは中庭に面したガラス窓を全部ガラッと開け放つ感じで……。
参考:与謝野晶子訳『源氏物語』箒木の段。原文読んでません。
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