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今夜の番組チェック

 
ジェリー・ビーンズ

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 今週の牡牛座のラッキーカラーはオレンジ。
 占いなんて別に本気で信じてるわけじゃないけど、どの色にするか迷った時のヒントよヒント。本当は今日の為にシュウウエムラの新色買っておいたんだけど、ちょっとワビサビ入った緑のオトナっぽいやつ。でも塗ってみたら似合わなくてでも塗り直すには時間なくて、だってバッグがスカートに合わないことに今更気づいちゃったから、あーもうせっかく新しいの買ったのに、やっぱりこの前の黒いやつの方がいいかこれ子供っぽいから、そうするとバッグの中身詰め替えてえーと靴も黒にして、あーもう爪どうすんの!
「ラッキーカラーはオレンジ」
 幸弥がぼそっと言った。
「あ、そうだオレンジ。それ取って、朱色っぽいの! そうそれ」
 薄緑の上からざっと斜めにラフに入れて、金のラメ入れて完成。
「わあ派手」
 ワンピの方が良かったかなあ、でもこのちょっと和風テイストなカットソーに合う。あ、CDまだ机の上だ。あとポーチとえーと口紅どうしよう、これ派手かな。嘘もうこんな時間?
「やだやだやだ、幸弥駅まで送って!」
「……カレシ放っといて憧れのナントカ君に会いにいくくせに、よく言えますねそんなセリフを」
「あー時計どこよーあたしの、あー靴磨いてない」
 いいや時計は。ブレスしてるし邪魔。
「麻里佳、髪ここはねてる」
「ええーっ、嘘ホントだ、やだー何で今頃言うの、いやー」
「ストップストップ、まだ爪乾いてない」
「いやーん時間ないー幸弥ぁー」
 だって昨日爪一コ欠けちゃって全部揃えたら短くなっちゃってあの色似合わなくなったんだもん、あたし爪の形悪いのに、丸くて。
「はいはい丸くてちっちゃくて三角で可愛い可愛い」
「三角じゃない!」
 ドライヤーを持ってきてくれた幸弥の顔が妙に近づいてきたと思ったら、あたしの髪の寝癖のついたとこをぺろっと舐めて、ドライヤーの風をあてた。
「うう、幸弥ーこっちも」
「はいはい」
「これ派手すぎ?」
「服クニトモだし、いいんじゃない」
 広げた両手の先に、ふわふわしたあったかい風があたった。
 バタバタしていたあたしの時間が、ドライヤーの音の間だけ止まる。
「CDカバンの上」
「ありがと……幸弥?」
「うん?」
「……いいや、帰ってからで」
 油絵の具のにおいがする。あと煙草。幸弥は吸わないけどバイトがサ店だから。ボサボサ、お母さんが「カカシみたい」と言った。幸弥のこと結構気に入ったくせに。あ、小指の縁にオレンジついてる。
 爪を眺めていたら目の前に何かがぬっと突き出されて、とっさに何だか判らなかった。
「車回してくるから」
 チャリチャリとキーが音を立てる。ずっと前から使ってて革がすり切れてるキーホルダー。
 唇の中に押し込まれたジェリービーンズを前歯で噛んだ。
 いつも何だかとても美味しそうに見えてつい買っちゃうやつ。
 安物の、嘘っぱちのオレンジの味。
 
 
「はいお待ち……」
 幸弥はあたしの顔を見て、何も言わずにサンダルを脱いで上がってきた。何か拭くものを探して自分の手を見て、絵の具とオイルですごい色になっているのにやっと気づいたみたいだった。
 がさがさに荒れてて、優しいの。
「……バカぁ」
「藪から棒な人だね相変わらず」
「だって、あたしが出かけるって言っても、行ってらっしゃいとか平然と言ったくせに、CD出してくれるし、二週間ぶりなのに、穂高君に会いに、もう、車出してくれるしっ!」
「とにかく顔拭こう顔」
「寝癖直して、あたし怒ってばっかりなのに、オレンジだし、バカぁー」
 幸弥のウェットスーツに顔を押しつけてぐいぐいっと拭いて、支離滅裂なこと言って、背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめた。
 ちょっと固まっていた幸弥の左手がもそもそ動く。
 幸弥の胸からチョクに声が響いてきた。
「……ああ萩原。俺。……うん、悪いけど麻里佳風邪っぽくて、今日駄目。……うん。あ、いやいい。……じゃあ」
 友達と話す時とあたしの時と、声がちょっと違う。
 あったかさに窒息しかけて顔を離したら、グレーの布地にマスカラがべったりついていた。
 風邪なんかひいてないもん。穂高君のサイン貰うんだったのに。来週からヨーロッパなんだから今日すごいラッキーだったのに。気鋭のピアニストだよタメ年の、すっごい可愛くて天才でNHKにも出ちゃう人なんだよ。人んちに来て一日中ウェットスーツでゴロゴロしてる誰かさんとは大違いなんだから。緑と青のまだらな指で人の頭よしよしして。解ってんのあんたは!
「……おなかすいた」
 幸弥は目を細くして声を立てずに笑った。
「あーはいはい。昨日のパイまだ残ってるけど、それでいい?」
「ん」
 あたしの好きなタイプは小柄で可愛い系でブルジョアっぽくて親切で静かでお洒落で優しくて頭いい人で──。
 鏡の前からリムーバーの瓶をひったくって、コットンにばちゃばちゃ垂らして爪を拭った。塗ったばっかりだからすぐ取れる。あたしこの臭いキライ、つんとしないなんて嘘つき! 爪の色黄色になってきたし、こんなんじゃマニキュアしないと外出られない。塗るのなんて幸弥の方が絶対上手い、こんな太い指なのにすっごい器用なんだから。今度やってもらう、絶対。
「何だ、取っちゃったのそれ」
「ばか」
 口の中に、半分溶けたラッキーカラーがまだ残ってる。
 
 
END.

 
 色シリーズその2。色はもうオムニバスで行こうかと(もちろん単品で読めるようにしますのでお気になさらぬよう)。「黒鍵の女の子」の話。
 ちょっと支離滅裂というか、思考がごちゃごちゃしている雰囲気を出したかったのですが、はははー難しい。ところで泣いた後ごしごし拭くと黒いマスカラ二重塗りってどうなるんですか。まだら指のカレシにまだら目なカノジョ。あんたらお似合いですよ。

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