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今夜の番組チェック
雪山にて
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「おい。ここで死ぬのはよしてくれ」
怒ってるみたいな低い男の人の声で目が醒めた。目をぱちぱちさせると、黒っぽいズボンを穿いた脚がすぐ前に立っていた。ずーっと見上げていくと、学校の小川先生にちょっと似た男の人が怖い顔をして立っていた。
お父さんだ、と一瞬思った。仕事で疲れてる時、ゴーインにプロレスをねだるとこんな顔をするんだ。でも前は寝る前に一度大技を決めるのがきまりだったのにさ。
「死なないもん、ちょっと目をつぶってただけ!」
──一人で山に入っちゃ駄目よ。あんたなんか頭まで雪に埋もれちゃうわよ。
だって尚兄はずっとゲームしてるし(独り占めしてるし)、透兄もマンガ読んでて来てくれなかったんだ。
「ほー。ならたっぷりつぶり終わっただろう、さっさと帰れ」
このへんの人はヘンクツで、よそものが山に入るのを嫌がるんだってお父さんが言ってた。お父さんは寒がりだから旅行に来たくなかったんだ。お母さんの田舎だから余計。来るたび叔母さんちで皆集まって楽しいのに。
お兄さんは見かけ怖くて、オレ見てうんざりした顔しているけど、変な人には見えなかった。だいたいオレ男だしさ、変な人は女の子を狙うんだ。それにこんな雪ん中で子供をさらう為に待ってる人なんていない。
「オレ用があって来たの!」
「この辺りには熊が出るって言われなかったのか」
「お兄さん知らないの? 熊は冬眠中だよ。怖いのは春に出てきて子供連れたヤツだってばあちゃん言ってた。でもこのへんにいるのは年取ったじいさん熊一頭だって。ばあちゃんはゴローって呼んでる」
「野犬もいるぞ。腹空いてるから一人でふらふらしてるガキなんてペロリだ」
「オレ犬好きだもん」
「そうかいそうかい。向こうも血の気の多いクソガキは大好物だろうよ」
「お兄さん悪いけどオレ忙しいから」
お兄さんははあっと息をついた。
「俺はこの山を見回るのが仕事なの。じーさん歳だからな」
「ここモリさんて人の山でしょ」
「俺は孫。お前みたいなクソガキの一人や二人どうでもいいが、お前がいないと親が気づけば百人単位で探しに来る。雪は踏み散らされるし枝は折られるし、騒がしくていい迷惑だ。だからさっさと帰れ」
「日暮れまでには帰る。お土産屋さんとか見て近くで遊んで来るよって透兄に言ってきたから大丈夫」
「何だよその用意周到なのは……冬眠中のゴローでも掘り出すつもりか?」
お兄さんは近くの小さい雪山の上を足でがんがん踏みつけて椅子みたいにして座った。切り株だったみたい。そういうのの場所が判るってことは、やっぱりこの山に詳しい人なんだ。
「そのスコップどうした」
「雪だるま作るからって宿の人に借りた」
「軍手も?」
「うん、お風呂場洗ってたおじさんがくれた。おじさんすげぇんだよ、がしゃがしゃって洗うのすげぇ早いの。ぴぴぴって」
「……魔法瓶まで用意して」
「仲居のおばさんがほうじ茶詰めてくれた。おばさんとこの子、もう大きくなっちゃって水筒使わないんだって。最中もくれた、ピンクと黄色の」
「分かったよ。で、何しに来たんだよ、お前」
どうしよっかなあ。
このお兄さんなら知ってるかもしれないけどさ。
「温泉どこか知らない?」
「……麓にいくらでもあるだろ」
「違う、もっとちっちゃくてサルとか熊とか入りに来るとこ。この山ん中にあるってばあちゃん言ってた」
「誰だよこんな火の玉みたいな孫にいらんことばっかり教えたのは……」
いきなりざらざらっと雪が落ちてきた。お母さんがこの前おしるこのアズキを煮てた時の砂糖みたいにうんとたくさん。
「うわっ、冷てぇ!」
立って頭と手と足をぶんぶん振ったら目が回った。残りはお兄さんが払ってくれた。背中にほんのちょっと入っちゃったけど、オレあったかいからそのうち乾く。
お兄さんと交替でほうじ茶を飲んだ。あったかくてうまい。忘れてたけど手とか足とかじんじんして、足踏みしてみた。
「じゃあオレ忙しいから行くよ。今日中に探すんだ」
スコップ持って軍手直してばあちゃんが編んでくれた帽子確認よしオッケー。
温泉はあったかいから、きっと湯気が出てる。雪も溶けてる。ありそうな感じのところをガンガン掘っていけば見つかるでしょ。
雪を掘って道を作るのはラッセルっていうんだ。まだ硬くなくてふかふかの雪がぴかぴか光っている。こっちホント人来ないから道つけるのも足跡つけるのもオレ、あ、鳥が先だった。鳥なら許す。ウサギいないかな。
お兄さんは何故かついてきた。
「お前もしかして、相澤の婆さんの孫か」
「そう! 2年3組相澤衛、イェー」
ばあちゃんはヘンクツの中でも一番ヘンクツなんだ。麓から随分入ったとこに一人で住んでいて、お母さんや叔母さん達が一緒に住もうって言っても嫌なんだって。でもお母さん達だってこっちはコンビニないしテレビのチャンネル少ないし、不便だから嫌なんだ、おあいこ。ばあちゃんとこには布団は一つしかないから、オレだけ泊まりに行って皆は麓の叔母さんちに行くんだ。
でもヘンクツって悪口じゃないんだきっと。ばあちゃん一人じゃなかったら庭にあんなに鳥とか来ないよ。マモルが時々来てたっぷり喋っていくからちょうどいいんだって言ってた。オレうるさい? でも二人でコタツ入って鳥見てる時静かだよ。夏はタヌキも来るんだ。
「んでね、一度ゴローも来たんだよ。納屋に入ってサツマイモ全部食べて帰ってったって。だから扉こうやって立てかけてあるだけなの、叔母さんに言ったらびっくりしてばあちゃん連れてかれちゃうだろ。夏休みに来たらオレ直すんだ、カンカンカンって」
「……ンなの俺がやっとくよ」
小川先生もさ、オレの話色々聞いてくれるけど忙しそうだし、時々大変そうな顔するんだ。オレ先生困らせてるのかもしれない。今忙しいからまたなって言ってくれればオレだって分かるのに。けどこのお兄さんは暇みたいだった。最初は面倒くさそうだったのに。
「それでばあちゃん直そうとして腰痛くして、治ったら今度はカゼひいて今叔母さんちなんだ。あ、そうだ温泉!」
──モリ様のお山の温泉にでもつかれば一発で直っちまうんだけど。
ばあちゃんそう言ってたんだ。
「無理」
お兄さんは尚兄の絶対ダメの時みたいに言った。
「何で?」
ラッセルはすげぇ疲れる。一度やめたらもう一度スタートしてまた休むまでがどんどん早くなってくる。喋りながらやるのがだんだん大変になってきたけど、喋ってないとお兄さんがどっかに行っちゃいそうな気がした。
「お前そもそも忘れ物しているだろ」
「何を?」
「肝心の婆さんここにいないのに温泉見つけてどうするつもりだったんだ?」
「だから、オレが見つけてからばあちゃん呼びに行くの。オレばあちゃんおんぶできるよ」
庭を三歩だけど。がんばればもっと歩ける。
お兄さんはオレをじぃっと見てから山の上の方を指さした。
「お前には見えねぇだろうけど、あそこの一番太い杉から岩づたいに下ったとこだ。下からは探せない」
「えーとじゃあヘリコプターから降りるとか」
「そこらの貧弱な林と一緒にすんな。森の上から見えるもんか」
「じゃあ歩いてく。オレ見つけておいて──」
それじゃ間に合わないじゃんオレ。
──歳が歳だからねぇ、ただの風邪でも……。
オレ去年来れなかった。絶対来るって言ったのに風邪ひいて家でお父さんと留守番してた。ばあちゃんは去年の冬一人だったんだ。
マモルが来ないと一年分のお喋りが聴けないねぇって言ってた。
だから今年はいっぱい来て去年の分取り返すって思ったのに。
足の爪先がじんじんした。軍手も濡れてしみてきた。
もうすげぇやだ、帰って着替えてゲームやりたい。ラーメン食いたい。
「やだよぅ……」
ばあちゃん死んじゃう。
鼻がキーンと痛くなってごしごしこすった。鼻水も涙も出てた。軍手がぐっしょぐしょで余計に冷たくなって嫌になって、また泣けた。
そしたら乾いた気持ちいいタオルが顔にぼふっと当たって、ごしごし力一杯って感じに拭かれて、顔がちょっとひりひりした。けどあったかくなった。
「お前が帰る頃には婆さんの風邪は治ってるよ」
「何で分かんの」
「あの婆さんは俺よりよっぽど頑丈だよ。お前がでかくなるまでぴんぴんしてるって」
お兄さんが雪をばっと蹴ると倒れた木があった。そこをもっと払ってスコップで足元を固めると二人分のベンチになった。ほうじ茶はまだあったかくて、さっきよりも熱くておいしいような気がした。
「あ、最中つぶれてる。どっちがいい?」
「いいよ別に」
「あ、こっち白いアンコでこっち黒いアンコ! 半分こしよう半分こ。あ、モチ入ってる」
来た方を見ると、俺が作った道はがっかりするくらい短かった。まだほんのちょっとだ。お兄さんが言った上の方は森ばっかりで、一番太い杉って言われても判らなかった。
「どの木?」
「お前やっぱり婆さんの孫だな、しぶといわ……見えねぇよここからじゃ。それに別に特別な薬効はないぜ? 麓の温泉と同じ源泉なんだから」
「オレばあちゃんと約束したもん」
「せいぜい十年後にしろ。お前がまだ憶えていたらの話だけど」
「何で十年?」
「ばーか。お前が雪に埋もれたら婆さんが担いで帰るんだぞ」
ばあちゃんがオレをおんぶしてぶつぶつ言いながら元気に歩き回っているのを想像して、オレはげらげら笑った。ばあちゃんはそうでなくちゃ。
最中は最高にうまかった。
「兄ちゃん何ていうの?」
「ハヤオ」
「オレとばあちゃんの代わりに今年鳥のメシ撒いといてくれない? 納屋にでかい袋があるから」
「あー分かった」
何だ、すっげぇいい人じゃん。
──その木が判んなかったのは、すげぇ大きくて一本の木に見えなかったからだった。幹がごつごつしていて、根っこをロープみたいにしてどんどん降りていく。こういうのテレビで見た。根っこはびっくりするくらい長くて、先っちょがちょろちょろ流れる水と岩の間に入り込んでいた。
「そこ滑るから気をつけろ」
ハヤオ兄ちゃんに言われた瞬間手が滑ってコケたけど、兄ちゃんが掴まえてくれた。すげぇの、レンジャー部隊みたいにひょいひょい降りていくんだ。オレ将来の夢パン屋さんからレンジャー部隊に変えようかなあ。
下の方からもくもく湯気が昇ってくる。水に手を突っ込んでみたら、さっきすりむいたとこがしみて痛かった。
「あったかい!」
「下の方からもっと熱いのが吹きだしているから……おい退け、踏むぞ」
誰に言ったか判らなくて下を見たら、ちっちゃいサルが岩場に何匹もいた。
「うわあ、サルだ!」
岩の上に降りて、湯気の中にもっといっぱいいるのが判った。鹿も狐も、向こうにいるのはゴローだ。
「すげぇ! わーい、入っていい?」
「滑んなよマモル。婆さんに俺が怒られる」
大きいサルは行儀良かった。肩までつかって100数える。風が吹いて湯気がちょっと飛んで、岩と木の隙間から向こうの山が見えた。これじゃヘリからは見えない。
「麓見えないかなぁ。森ばっかりだ」
「いいんだよそれで。伐採始めたら、森なんて二日あれば消えるんだぜ」
やだなそれは。
でもここはモリさんの山だから大丈夫ってばあちゃんは言ってた。きっとばあちゃんと同じくヘンクツな人なんだ。かっちょいい。
こつんと頭に何か落ちてきた。湯に浮かんでいたのはでっかいどんぐりだった。帽子の中にしまっておこうとして立ち上がって、
くらあっと……。
「起きたら叔母さんちにいたんだ。完全装備のままでさ。全然濡れてなくて一瞬夢かと思ったんだけど、くたくただったし手はすりむいていたし帽子ん中にはどんぐりがあったし。結局どっから夢でどっから現実なのかわかんねぇの。あ、ばあちゃんとこの納屋も直ってた。その時植えたどんぐりがまあ、立派に育って今じゃこんなになってる」
3両編成の鈍行列車から見える山はどれもこれもあの時と同じように雪でぴかぴか光っていた。
「へっへっへー、それで今年が十年目なんだ」
「……当時のお前の姿が克明に目に浮かぶのは何故だ」
俺はそんな不確かな情報につき合わされてはるばるここまで来たのか、と、向かいに座った友人は呟いた。いやいやスキーも温泉も嘘じゃないし泊まるところもタダ。この無口な奴が一人増えたところでばあちゃんちはうるさくなんない。
「大丈夫、場所大体判る。相澤君の勘を信じなさい」
「お前俺が方向音痴だって解っているよな?」
「安心しろ、遭難する時は俺達二人ともだから」
「絶対嫌だ……お前進歩なさすぎる」
「だって皆冬期講習とか行ってさぁ、来年は遊べねぇのに」
「来年の分まで騒ぐつもりか。お前のばあさん気の毒」
「全然オッケーだって、俺より元気だもん。メールやるんだぜあの歳で?」
「で? ハヤオって人にその後会ったのかよ」
モリというのは人じゃなくて「守」と書くんだと、何年か後に聞いた。
「会ってない」
「……お前この前砂金掘りの夢の話してなかったか」
「あれはただの夢」
そう溜息つくなって。
END.
はやさんの特リク、お題『温泉』。即・「湯けむり慕情ナントカ殺人事件」てなものが浮かびかけたのですが、そこはさすが、「何か描きたくなるもの」との但し書きつき。(見抜かれている)。
宮沢賢治のきっくきっくとんとんな情景を思い浮かべつつ書きましたがどうですか。
可愛い子供って難しいです。特にテレビに出てくるジャリタレ、「僕達あたし達可愛いでしょ」ブリブリのガキらも大嫌いですが、小説に出てくるよい子も時々首をひねってやりたくなります。
一応書いておくと多分「モリさん」じゃなくて「守様」です。ハヤオという名は狼とか野生馬とか、ケモノっぽいイメージから作りました。
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