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注文の多い料理店


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  1. トチメンボーなバトル
  2. 三べん回って
  3. 喉から手が出るほど
  4. 時は今
  5. 頑張れ店長
  6. まっとうな動機
  7. 桃色の初夢
  8. 人はそうであって欲しいものを見てしまうのだBYカエサル
  9. 丁々発止
  10. マイブーム


 僕の仕事机の上にいつも鎮座ますちっぽけな電話。うちの者が寝静まる頃、いきなりそれは鳴り出す。コール二回で取るのが僕の役目(兄貴がコール半回で取ることもあるのだ)。
 母は僕の留守にかかってきた電話の相手を憶えていたためしがない。「病気みたいな声の人」ならS、「死んでいるみたいな声の人」ならB。ひどいあだなをつけるものだ。彼女が唯一「あんたの友達にしては礼儀正しくていい子」というのがK。やはり名前は憶えていないけれどね。
 以下はKの話。電話のマナーはともかく、話の内容はいつものバカ話。
 
「……レストランでさ、サイコロ・ステーキっての、あるじゃん? あれ見ると俺どきどきしちゃって……店の人にさ、『すいません、二十面体でお願いします』とか言ったらどうするかな。『二十面体?』とか皆でざわついたり、おろおろしながら『あの……すいません、品切れです』とか」
 『吾輩は猫である』の中にトチメンボーを注文する話があるなと僕は思う。あんまり関係ないけど。
「四面体だったらどうする? 可愛いじゃん」
「四面体ね……ま、許してやるか。でもさ、胸はって『いいでしょう。三十面体でも百面体でも受けて立ちますよ』とか言われたら、負けたよな」
 レストランはKにとっては勝った負けたの戦場なんだ。レストランに限った話じゃないけれど。
 
※注 二十面体とは20個の面にそれぞれの数字が振られたダイス(サイコロ)のこと。テーブルトークゲームで時々使う以外の利用方法はあまりない……と思う。
 
 
「すげーうまいカレー屋あんの。K市にさ、ポンペイだっけ?」
「ボンベイじゃなかったっけ」
 灰に埋まったのはどっちだっけ?
「ま、いいや。そこで俺辛くて涙出ちゃって……思わずウェイトレスのお姉さんに言ったさ。
『お姉さん、男が辛くて涙を流しちゃいけませんか』」
「……何て答えた? おねーさんは」
「それがさ、何も言わずただ笑っちゃって」
 そりゃそうだろうな。
「そこで何か切り返してきたら、おねーさんの勝ちだったのに」
「うん。……もう一度やろうかな」
 
 今日もメシ時にはどこかで戦いを繰り広げているに違いない。

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「俺さ、いつかの大晦日に、B達と一緒に鐘つきに行ったんだ」
 いつものように唐突にKは切り出す。
「で、皆がこう、ずらっと並んでいる境内で、いきなりやったわけ。
『皆聞いてくれ。俺は《三べん回ってわん》をやる。一、二、三、、わん!』」
「……本当にやったわけ? それ」
「うん」
 こいつは別に気がふれたわけじゃない。良識ある世代から『若いうちにいろいろなことをやっておけ』と言われたのかもしれない。
いろいろ、という意味がちょっと違うような気がするけど。
 
 
 ……かくいう僕も間抜けさにおいては人後に落ちない。これは僕とAの会話。
「サイの目切りってあるじゃん? あれさ、動物のサイの目みたいに切ってあるんだと思わなかった?」
「思わなかった」
 Aはクールだ。
「……小さい頃、テレビの天気予報見てて、『波浪注意報』の波浪って英語だと思ってた」
「はぁ?」
「だから、外人さんが手を振ってハローとか言いながら押し寄せてくるとか」
「どういう発想してるわけ? あんた」
 それ以上の墓穴は掘りたくなかったから、『ノーム注意報』の方は言わなかった。
 
 前回問い合わせがあったんだけど、これ、全部実話。口調はちょっと違うかもしれないけど、内容はこんなのだったよ。

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「ね、ね、聞いて聞いて」
 中国帰りのRが電話の向こうで手を振っている。
「北京のホテルでガイドさんがレストランの説明してくれたんだけど、『ここは喉から手が出るほど美味しいですよ』って言ったのーっ」
「……いい言い回しだね」
「他にもね、このパンフレット……あ、電話じゃ分からないか。じゃ、明日ね」ガチャン・ツー・ツー。
 
 
「うちのお母さんったらね、あたしがこう、うたた寝してたら、新聞かけたのよーぅ」
 Nさんが電話の向こうで口を尖らせているのが分かる。
「……新聞」
「そ。朝になって起きたら、がさがさがさって……な、何事〜? で、涼しい顔して『結構あったかかったでしょう?』って」
「……普通、女の子にはかけないよね」
「女の子じゃなくてもかけないと思う」
 そうかもしれない。

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 時は今(これじゃ明智光秀だ)、もとい夜。所は地元のファミレス。なかなか来ないウェイトレスに向かい、S氏がフランス映画よろしく指を鳴らしてみせた。
 来たんだ、本当に。
「ご注文は?」とにっこり尋ねる彼女、たじろぐ僕たち。その後沈黙が走ったか爆笑が生じたかは御想像にお任せする。
 
 料理が運ばれてくるのを待つ間、唐突にIが発言する。
「結婚したら、やっぱ一姫二太郎だよな」
「……いきなりどうしたよ」
「で? 三なすびか?」
 落ち着き払ったYの声。
「……戸籍の性別欄に『なすび』って書くの?」
「名前はIなすび?」嬉しげにKが繰り返す。
 その後レストランで茄子の料理を食べるたびに困ってしまうんだけど、どうしようか。
 
 
「この前は面白かった、ありがとね」
 初めてテーブルトークにトライしたNさんが電話の向こうで弾んだ声を上げる。とにかく何でも新鮮らしい。僕らの方も初心者が珍しくて仕方なかったんだけど。
「そういえば、この前の手紙に書いてあった『キャンペーン』って何?」
「何って……そうか、RPG用語か、それ」
「そうなの? あたし、歳末助け合いとか何かかと思ったー」
 ……助けてくれてもいいけどね。
 
 
 母の通っている歯医者はクラッシックが流れ、風景写真が壁に掛かっている。落ち着いた雰囲気がいいんだけど、時々笑いのネタも供給してくれる。
「入ってきた奥さんがね、『あら、この曲知ってるわ』って大声で。『これ樽でしょ樽』って」
「……タル?」
「シューベルトの『鱒』だったのよ」

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「バイト募集してたんですよ、十二時からの」
 某コンビニでバイトしているFの声。
「そしたら随分老けた声で応募の電話が来て、あ、息子か何かの為に問い合わせてくれたのかな、と思ったんだけど」
「単に老けた奴だったんじゃ……」
「いや、『すみません、六十歳なんですが、年齢制限はあるんでしょうか』って。だから、『はあ、一応十八歳以上なんですが……』って」
 その切り返しもただ者じゃないと僕は思う。
「そしたらその人、近くのスーパーの店長さんだったんですよ。不景気だから夜も働きたいって」
 彼が採用されたかどうかは不明。頑張れ。
 
 Fといえば、彼の声は高い上にもの優しい。そんな彼と僕の電話での初コンタクト。
「もしもし、Fと申しますが」
「あ……F君のお姉さんですか?」
「いえ……」
「あ……お母さんですか?」
 ウケを狙ったわけじゃないんだ、本当に。
 
 
「昼休みに近くのウドン屋に入ったんだけどね」
 肩書きはOL、見た目は宝塚風美人なEの話。
「一緒に入った子がきつねうどん食べたの。ワケギがたっぷり入ってて」
「ふーん」
「そしたら『ずいぶん先の方ばっかり使っているんですね』って言うから、『は?』って言ったら、『白いところ全然ないじゃないですか、このネギ』だって」
 
 
「脳軟化症って、脳がなんかなっちゃうんじゃないんスね」
 唐突にそう切り出したのはK。いつも登場する、あの声の大きいKとは別人だから、K2としよう。
「別に間違ってはいないけどね」
「俺知らなかったぁ」
「そういえば、肉体疲労時の時っていうのを、児童の児だと思ってたな」
「……それ、やだな」
「でも最近はよくいるよね、塾帰りにドリンク剤飲んでる小学生とか」
「いや、そうじゃなくて俺、マッチョなガキ想像したんスけど。『いやあ昨日ドカタやりすぎちゃってさぁ』とか……」
 K2は発想も『何かなっちゃっている』らしい。
 
 
「飲むヨーグルトに対抗して、飲めヨーグルト」
 僕の手の中のパックを眺めつつ、理性的なS氏の声。本当に声と表情だけは理性的。
「……は?」
「普通の牛乳パックに入ってて、中は普通のヨーグルト。振っても何してもいいけど、とにかく飲め、と」
「そんなの本当にあるの?」
 嬉しそうなFの声。だからたとえだってば、とさすがにS氏がたじろいでいた。
 
 
「Y氏に禁煙させたんだって。嘘ついたら針千本飲ますって約束で」
 Nさんが語るのはゴージャス美人でお嬢なOさんとその彼氏のこと。
「……で、破ったわけ?」
「うん。そしたら『はい、手出して』って、いきなりざあっと虫ピンを手の上に開けたの」
 本当にやるところがOさんの怖いところだ。
「それだけの為に虫ピン買うのがすごいよね」
「でもY氏、製図やるでしょ。その時使うんだって」
 おみそれいたしました。

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「俺の友人の、Gって奴なんだけど」
 真面目くさってS氏がのたまう。
「ディズニーランドでバイトしよってんで面接受けたんだけど、その時やりたい動機を訊かれて」
 お金の為じゃないのかなあ。
「『千葉県民として一度はやってみようかと』」
「……かっこいい」
 
 
「部活で合宿行ったの。で、皆で飲んでて『箱入り』の話になって』」
 かくいうNさんは書道部。その達筆さはFから「日ペンか何かやってんの?」という奇妙な誉め言葉が出るほどなんだけど。
「『あたし、箱入りだから〜ぁ』って一人が言ったら、『あたしも』『あたしも』と続いて」
「うん」
「そしたら先輩、『お前ら一生入ってろ!』」
 さすがNさんの先輩。
「僕なんかNさんの掌の上で踊る孫悟空みたいなものじゃん」
「果てまで行って『斉天大聖此処に至る』って大書してくるの?」
「……孫悟空ってヤンキーみたいだよな」
 いきなりそう言い出したIの言葉に皆は一瞬黙り込み、次の瞬間ふきだした。
 
 
「ひげの生えた御飯、どうする?」
 いつもの淡々とした口調で弟が尋ねてくる。
「ひげ?」
 ……さすが雨季。現物を見れば一目瞭然。でも……捨てろよ。
 
 
「越の寒梅ってこう書くんだ」
 品書きをしみじみと眺めるR。
「……どう書くと思った?」
「腰。身体の」
 皆といえば、武士の情けとばかりに聞かなかったふりをしていた。
 
 
「TRPGって何の略だろねって弟と話してたの」
 Nさんがまたもや爆弾発言。
「うん」
「テツヤ・レイヴ・パーソナル・ギャラクシー」
「……は?」
「何かの技の名前みたいで強そうでしょ」
 彼女は小室哲哉ファンなんだけど、アーケードゲームも好きなんだよね。以前なんか、
「ドルフィン・キックって『いるかキック』だよね」
「……まあね」
「コマンドは斜め右下、斜め右上、左、斜め右下、右、BD」
「……?」
 こういう人だから。はい。
 
※注 TRPG=テーブルトーク・ロールプレイングゲームの略。
 
 
ドリンク飲み放題のファミレスでの、Fの得意料理。命名『どろみず』。コーラにメロンソーダとあと何かを混ぜるらしいんだけど……味の方は、僕は知らない。
 
 
「こたいとーちは知っていますか?」
 僕らの間でアイドルとなっている中国語のC老師。濁点を抜くからかわいく聞こえるんだけど、結構辛辣なことも言う人だと僕は知っている。
 五体投地というのは、チベットなんかで、信仰の篤い人がばたっと倒れてはその分だけ進む、を繰り返すこと。だったと思う。
「宗教はスポーツにいいれすね」
「……?」
「こたいとーちは体力使いますね、ハハ」
 周囲には一緒に笑ってくれそうな人はなし。皆真面目な顔で聞いていたけど……あれはギャグだったんじゃないだろうか。
 
 
「コンビニでバイトしてた時、客の一人がスペシャルサンドとフランクフルト頼んだんですよ」
 S氏はちょっと息をつき、スペシャルサンドって知ってる? と周囲を見回した。コッペパンにクリームとチェリー一つが挟んである、あの懐かしの味だ。
「で、それ揃えたら、それ挟んでっていうわけ。客の言うことだからやったんだけど」
「スペシャルサンドにフランクフルトを?」
「そう。そしたらすごい喜んで、『お前気に入った! 食え!』って半分くれて。『いやー俺これ好きなんだよな』って美味そうに食べるんだよ。その客が見てたから仕方なく食べたけど、いやあ、あれほどまずかったものはないね」
 『どっきり』じゃあるまいし……。
 
 
「朝寝惚けててボタン一個かけ間違えてたの」
 電話の相手はHさん。
「それを友達が直してくれてたんだけど……部室で。そしたら後輩がガラッと入ってきて、あたし達すごく危ない雰囲気だったらしくて『失礼しました』って慌てて出ていっちゃった」
 事実は小説やマンガよりもよほど怖い。
「あとね、スピーチの授業でジェスチャーゲームしてたの。動作で何の映画かあてて下さいって。それで『インタビュー・ウィズ・バンパイア』やったの」
「うん」
「そしたらあたしの友達、あたしのシャツいきなりばっと開いて、首筋に噛みつく動作して」
「……」
「もう教室中しーんとなっちゃって……早く当てて〜って心の中で騒いでた」
「……ははは」
「そういうこと話してたら、その子の彼氏とあたしの彼氏、じゃあ俺達もそういう噂流そうかって」
「……シャレにならないよ、それ」

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 初夢見た? なんていう新年の挨拶の後で、そういえばK2が見た夢の話聞いた? とJが話してくれた。以下はその話から再構成したK2とJの会話。
「夢ん中でね、川があって、川上からどんぶらこどんぶらこって何かピンク色のが流れて来るんスよ」
「ああ」
「で、何か歌声が聞こえたんで、よーく聞くと、♪あったまでっかっでーか、ってあれで」
「ああ?」
「ぷかぷか流れてきたのを見ると、ピンクのドラえもんなんです。で、次から次へと間隔おいて流れて来るんで、上流の方へ走っていったら、ずらーっとピンクのドラえもんが川沿いに並んでいて」
「……ああ」
「それが全員で♪あったまでっかっでーかって嬉しそうに歌いながら、一人ずつどんどん川に飛び込んでいくんスよね」
「……で?」
「いや、だからただの夢の話」
 ……その晩の僕の夢。ラフ風のモノトーンのドラえもんの群れ。例の歌が周囲に筆ペンで書き殴ってある静止画像。
 いや、だからただの夢の話。
 
 
 徹夜の撮影を終えたFの話。
「トイレから戻ったら、女の子が『お帰りなさいアナタ、ごはん、それともお風呂?』って言ったの。ここでIさんやTさんだったら『お前が欲しい』って言うんだけど」
「ふーん?(Tさんってそういう人なの)」
「でも相手女の子だし、ううっ何か思いつかなければ、うっでもこういうのタイミングが大事でしょ、だから咄嗟に『トイレ』」
 ……君はある意味偉い。
 
 
「冬休みの間『プリンセスメーカー2』やってたんだ」
「何それ」とRさん。
「要は自分好みの女の子を育てるってゲームなんだけど」
「……自分好みの美青年を育てるゲームなら絶対買うんだけどなー」
 だそうですよ、ゲーム屋さんの皆様。
 
 
 節分の豆を囓りながら、じゃあ私は二十個ね、と母上。いいんだけどね僕は二十五個だけど。
「あーいう犬いいわね、誰かくれないかしら」
「くれないと思うよ」
「『三銃士』の誰だっけ……あれでしょ?」
 TV画面に映っていたのはダルメシアン。
 ついでに言うと、TV見ながらぽりぽりやっているうちに、彼女、袋の半分くらい空けてしまった。いいんだけどね別に。

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 これTさんの話なんだけどね、とFは念を押してから話し始める。
「アンナミラーズ行ったんだって」
「ふーん?」
「で、メニューに『お好みのスープをウェイトレスがお持ちします』ってあったのを、『お好みのウェイトレスがスープをお持ちします』って読んじゃったんだって」
「……それはいいかもしれない」
 
 
「酔っぱらいが来たんですよぉ」
 本屋でのバイト仲間のA2さんが休憩時間に報告する。箸が転んでも笑うお年頃。
「雑誌買って『はいありがとね、握手握手』って、してー。Sさん黙って握手されてました」
 寡黙で真面目な社員のSさん(男)のその光景はすごく容易に想像がつく。
「A2さんとじゃなくて?」
 可愛いんだよ、この人。
「そう。あたし見て『俺ホモだから』って」
「……ははあ」
「その後あたしとも握手したんですけど。まあ一応って感じに」
 脱力しているSさんの姿がまた浮かぶ。
 
 
 再び本屋のバイトでの話。「題名忘れたんだけど」とか「新なんとかってやつ」という難しいお客様は結構いるんだけど、
「今一番売れてる本ってどれ?」
「……文庫ですか?」
 マーケティングかと思った。
「毛利元就とかこのへんの武将ものが出ますけど」
「チャンバラ? ちょっとねぇ」
「推理ものなら……」
「あ、そっちダメ」
 後でA2さんに話したら無邪気に、
「フ○ンス書院とか勧めちゃうってのはどうでしょう? おじさんでしょ?」
 ……僕もそこまでは出来ない。

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「この前の人、また来たんですよ」
 バイト中に変なヒトにナンパされるという嫌な特技を持つA2さん。
「見たい映画あるんですけどって言うんですけど、あたし掃除中でチリトリとホーキ手に持ったままですごいヤで」
 そりゃそうだよな、うちの本屋駅の中にあるし。
「だからあたしは別に見たくないけどって言ったんです」
「おお」
「そしたら、じゃあおいしい店知っているんだけどって」
「しつこい人だね」
「あたしうちの御飯好きですからって。じゃあサ店はっていうからアタマきて、いーえうちでお茶飲みますって」
 このヒトも変わっていると思う。
「そしたら俺ケータイ持ってるっていうから」
「……まだ言うかその男は」
「そうそう。電話してって言って、うち電話ないんですって言ったらじゃあ公衆電話でもいいじゃんって。もーあたしテレカ持ってないって言っても、十円でいいじゃんって……」
 ある意味でその人もなかなかすごいかもしれないけど、僕はA2さんに軍配を上げざるを得まい。
 
 
「……あの人すごくないですか」
 新参のバイトのOさんが笑いを噛み殺しつつ小声で教えてくれたのは、片膝を床に立てて、つまりアーメンでも唱えそうな格好で『神戸食べ歩きマップ』に没頭している若いOL風の女の人。通りがかりの人が邪魔そうに脚をまたいでも全く気づく様子なし。
「膝汚れないかな」
「ビスマルクですよね」
「……は?」
「ゴール決めた時の」
「ああ、サッカーね」
 その数日後ふと気づいたら、ビスマルク嬢は今度は女性コミック誌に挑戦していた。

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10

 アタッシュケースを持ったごく普通のサラリーマン。文庫本を買って、よいしょとカウンターにケースを乗せて開くと……そこには何故か一瓶の「ぽん酢」が。ミニサイズとかじゃなくて普通の大きさの。
「……ぽん酢?」
 彼が何事もなかったかのように去った後にA2さんを振り返ると、
「マイぽん酢ですよ、マイ醤油と一緒」
 ……ちょっとは一緒に動じようよ。
 
 
「バイト中に、M市役所ってどこですかって訊かれたんですよ」
 S氏はいつものように、これでもかというほど真面目な顔。
「ここから50キロくらいって答えたんですけど。何でも仙台から歩いてきたって」
 M市内でもないのにM市役所の場所を訊くのも珍しいけど、距離まで答えてあげる人も珍しいと思う。
「……その人どしたの」
「さあ……歩いていったんじゃないかな」
「君んとこのコンビニって変な人多かったわけ?」
「うーん……他にも、通帳で買い物しようとする人とか」
 
 
 雨男なんです、と新しいバイトのA3君は何故か自慢げに言う。
「一度雨乞いの儀式とかいって踊ってみたことがあるんですけど、ちゃんと降りました。止めるのは駄目だったけど」
「……この台風は君のせいか」
「大丈夫、水も滴るいい男ですから」
 何が大丈夫だ。
 
 
 ぼんやり歩いていたら「ストーカー洗えます」という文字が目に飛び込んできた。ぎょっとして見直したら「スニーカー洗えます」というコインランドリーだった。
 ……洗ってどうする。
 
 
「小さい頃、達筆って読めない字のことだと思ってた」
 僕の先生からの残暑見舞いを眺めつつ、弟がしみじみという。実は僕も半分くらいしか解読出来なかった。論文の資料のことが書いてあるらしいんだけど、どうしようか。
 確実に判ったことは、先生が今だに「〜でせうか」という旧仮名を使っていることくらい。何か、感服。
 
 
「北海道行ったら本の新刊が手に入りにくくなるかなあ……」
 Rさんが真剣な顔で呟いている。
「発売日前日に手に入れて、メールで嫌がらせしてやろうか」
「北海道の子供達は純真で可愛いだろうな、センセー♪とか言ってくれて」
「どこも同じじゃないの」
「嫌な奴だなーっ」
「でも、まず教員採用試験受けてから考えなよ」

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