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今夜の番組チェック
Debugbear-D.B.B.?


Debugbear番外:D.B.B.?
『こんばんはまー君今何してる? え、どれ? ああどうぞどうぞ、そこにあるのエラく趣味偏ってるでしょオレの好みで、うんそれは素敵特撮シリーズと銘打ちましてね、え? ピアノ線が見えたり爆発の炎の色が──うん面白いよ。あ、それはナポリタンみたいなミミズが大発生する話……。あ、そう? いやそっちは茸シリーズじゃなくてトリフォーです。ホラーはあんまりないんだゴメン。はいムカさん? え、いいの?……』
視聴覚範囲の外にいる女の人が遂に何か言っているみたい。遂の兄貴の奥さんらしいんだけど、俺に見えたのはトルコ石色のマニキュアをした手だけだった。ちらっとだけ。
『わあケイったらまたマニアなことを。まー君マッド・フィルム見る? 手作りなんだけど。これを見たらコピーして3人に渡さないといけないという……うーんでもこれは完全にR20かな?』
怪しい。こいつの友達関係って怪しすぎ。
「いいよ別に、気ィ使わなくて。お前わざわざかけてくるなよな、こっちが恥ずかしいって」
『えーだってまー君と離れてるとオレが寂しいのよわかってだーりん』
「あ・ほ・かっ! おやすみ!」
通信を切って、大きく息をついた。
ホント気ィ使いすぎなんだよ、ここの家主は。俺が蘇ってから三ヶ月経つんだぜ? その間ずっとカウンセラーみたいに俺の体調とかメンタルとか気にして、部屋一つあけて俺用にしてベッドからオーディオシステムまで揃えてくれて(俺の目が醒めた時にはもう完璧に揃ってた。後は俺が色指定するだけってやつ)、もうホント。
居心地悪いって、逆に。
天窓から外に出て夜景を眺めた。夜型勤務の人達が働くオフィスビル(自宅勤務よりはかどるって人は結構多い)は全階にライトが灯っているし、シャトルはずっと動き続けているし、繁華街はもちろん、ずっと離れた区域の美術館や博物館もサンサンと輝いている。遂が好きな植物園のあたりだけは暗い。植物はちゃんと夜が必要なんだってさ。そう思い出して部屋の照明を消した。遂の部屋はとにかく植物だらけだから。
眠らないんだな《シェル》は。当たり前だけどそう思った。
俺はバグベアーだ。飲み食いも要らないし、ホントは寝るのも要らないと思う。でも俺は結構寝る方で朝型で、いつもならもうとっくにうつらうつらしながら歯磨きしてるとこ。(磨く必要はないけど何となく)。
今日寝つけないのは久々の自由を満喫ってやつ? だってさ、遂っていい奴だとは思うけどすげぇお喋りなんだよ。面白いけどさ。アタマはいいんだけど何というか、ちょっと一生懸命すぎっていうか。そんなに俺って可哀相なわけ? と思っちゃうよ、衣食住(一部間違い)足りてんのにさ。世界にはもっと大変な奴はいくらでもいるんだぜ。
……って思っちゃう俺って恩知らず。
ああもう、歯磨いて寝よっと。一人で静かだとつい暗くなる。ゲーム昨日クリアしなけりゃ良かった。
なんて考えつつ立ち上がって、ひょいっと爪先で立ってみた。時々身体のバランス狂うんだよね、あっ俺生身じゃないんだって思い出していきなり階段落ちてみたり。そしたらアザ出来てびっくりした。死んでるって冗談だったのか? と思ったけど、手でこすったら消えちゃった。
基礎的記憶が全部揃っているわけじゃないと思うから何か不都合あったら言ってね、と遂は言った。何だよ基礎的って。要するに日常生活に必要なことらしいけど、どっからどこまでか判んないし。
「アタマいい奴って解んない……」
くらっと足元が揺れて、片脚が建材にすぽっと埋まった。遂の素敵特撮シリーズどころじゃないって、そういえばその手の映画がやけにつまんないと思ったら! 俺自身が一番特撮っぽいって。しかもタダ。遂の怪しい友達に知られたら出演させられたりして、あはは。
やっと建物から抜け出してへたり込んでいると、何だか視界がやけに暗かった。夜はホントは暗いもんです、でもえーと何?
「うわぁぁっ!」
向こう側の建物の明かりを遮っていたのは、すぐ傍から俺を覗き込んでいたでっかい黒い何かだった。何何何素敵の撮影? いや違う落ち着け俺、うわっヒゲが、牙が、でっかい前足がっ! ギラギラ光る眼がっ!
でっかい黒いケモノ(ああ確かに毛だらけ)の息が顔にかかった。な、何かあったかいような、怖い、怖すぎ! こいつ絶対俺を食おうとしてる!
フンとそれが鼻を鳴らした途端、俺は足を滑らせた。いや違う、身体が建物を通り抜けて──。
うわあああ落ちる! 死ぬ!
「でも良かったねホント目撃者が二人だけで。これが建物の真ん中あたり貫通して落ちてたらここの居住者全員がばっちり見てたかも。まあ問題はアレですね、アナタが通り抜けたのがちょうどバスルームってとこでしょうか」
遂はお土産の怪しさ爆発ディスクを枕元に置いた。
「仕方ねーじゃん、選んで落ちたわけじゃないんだから」
「しかもどっちも若い女の人ねぇ……」
ふう、と頬に手を当ててわざとらしく溜息をついている。もしかしてお前羨ましがってる? お前でもそんなこと思うんだそんな女の子みたいな顔してて? へーえ。じゃなくて。
「バグベアー事件で痴漢ってのは初めてだわ」
「だーかーらー」
「まあ落下速度と人間の動体視力を考えると彼女達がアナタの顔を見覚えてるってことはまずあり得ないから。人の噂も二ヶ月半、とりあえずそのパジャマは証拠隠滅しましょう。それにしてもどこのヒトかしらねぇケモノって」
墜落のショックととんでもないモノを見たショックで俺は思わず寝込んでいる。いや熱はないけど何か寝込みたい気分で、遂は妙に楽しげにモモカンモモカンとワケわかんないことを言いながら冷却テープを俺の頭に貼った。
でかい獣がこの建物の真上にいた、と言ったら遂は色々調べてくれたけど(巡察システムって警察の機密じゃないのか?)、そういう情報は全然入って来なかった。
「お前ヒトとケモノ一緒くた?」
「ヒトにもケダモノはいるしケモノにも紳士淑女はいるかもよ。《シェル》内の動物園にホンモノはいないしねぇ」
生身の動物っていうのはすごく数が少ない。虫や鳥はいるけど、すごく種類が減ったって。だって街ん中に餌になるもの殆ど落ちてないからさ、スラム街みたいなところは別として、逃げ出したペットとか野生動物が生きていける街じゃないんだ、《シェル》は。
動物園のはエーテリオン立体映像。わざわざ動物臭さやオシッコの音までつけたやつ。だから本物の動物を見たければ外に行くかペットを飼うかするしかない。ペットだってすごく高いみたいだけどさ。
「本物だったと思う……俺、本物見たことないと思うけどさ」
息があったかかったと思う。遂に連れて行かれて動物園のやつ見たけどさ、確かにすごくリアルだけど寸前まで近づいてみると何か違うんだ。遂によると、俺は本能的に(バグベアーの本能だ)生身とそうじゃないのを見分けているんだって。
「うん、ホンモノでしょうねぇ。まー君がそう言うなら」
ただしね、と何だか申し訳なさそうな顔をして遂は天井を指した。
透明にも壁と同じ色にも出来るんだけど、遂はいつも透明のまんまにしている。俺時々思うけどこいつがこんな高層居住区の最上階(怖くて訊けないけど家賃高い、絶対)借りたのは正解だよ、もっと低いところだったらこいつ覗きの集中砲火浴びてるもん。気にしなさそうだし。
「オレここ薄いガラス張り設定にしてるんです。その方が日光の透過率良くてね、建築法違反なんだけどまあ台風の時以外はいいかなと」
「ガラスって?」
「素材の一種。ほらアンティークな置物の透明なやつとか、今は新素材ばっかりだからねぇ。それ大変脆いのよ、内側だけコーティング指定してあるけど」
ああ、つまり俺が生身なら体重支えられないって意味か。
遂がそんな顔をした意味が解って、俺はちょっと嫌な気分になった。だから気を遣いすぎだお前。
「でかいケモノが乗っかったら壊れるってこと?」
「うん。そのサイズからして軽く400キロはあると思うのよ。それに体長5メーターの猫科動物っていうのはちょっと大きいねぇ。映画やマニア用に遺伝子改造するのはこないだ一斉摘発されたし……」
目撃者情報っていうのはあてにならないと思う。怖いからすっげぇ大きく見えたかもしれないしさ。でも遂は俺の言ったことを真に受けて考え込んでいる。
お前警官にはなれないよな。
「いいよ別に。バラエティー番組の撮影かもしれねーじゃん」
「『お騒がせどっきりレポート』?」
「そういえば俺映んの? カメラに」
「もちろんアナタが作為的に映ろうとしない限りはね。でも……」
「ごめん、ちょっと眠い。寝ていい?」
「ああごめんね、お休みなさい」
まだ何か言いたそうに、けれど遂は俺の頭をちょっと撫でてから出ていった。
布団を頭までかぶった。ケモノのことより、俺に親切すぎる遂といるのが何だか息苦しかった。
俺ここを出ていくべきだ。幽霊なら幽霊らしく。
× × ×
「ケッ、阿呆天使はそれで留守かよ? せっかく可愛い弟が脱走してまで会いに来てやったってのに」
可愛い弟? 誰が? というのが顔に出たみたいで、ジンは俺の顔に思いっきり煙を吹きかけた。
「ここ禁煙!」
「煙草じゃねぇよ、ケチケチすんなペットの分際で。また鉢植え増えてんな、どうせならアンティークに大麻栽培してみねえ?」
「誰がペットだ!」
てめえだチビ猫、とジンは当然のように言った。こいつ……俺と歳ほとんど変わんなさそうなのに、何でそんなに偉そうなわけ?
ジンは遂の友達の一人らしい。らしいっていうのは、だっていきなり扉の構造ぶっ壊して入ってくるか普通? 警備装置も全壊だな、変だなここ建物丸ごとかなり厳重に管理されてる筈なのに……でも遂に電話して確認したら『え〜ジン来てるの、オレ会いたい! オレが帰るまでいる気ない?』と跳ね回って喜んでたから確かに本当の友達なんだろうけど……遂、お前オトモダチは選べ。テロリストかよこいつ。
とりあえず扉直せ、と命令したらジンはすっげー馬鹿にしたような顔で俺を見て、それこそスラム街にありそうなレトロなボロ扉をそこに貼りつけた。めちゃくちゃな落書きつき。よく見るとヤバいやつ。
「いつの間にお前みたいの飼い始めたんだ? 飼われる方が似合ってんのに」
「お前が言うと何かやらしいんだよ、中身中年?」
何その醒めきった目。ほっぺたに彫り物入れてるし、耳はトゲトゲなピアスだらけだし、ナマイキにびっちりレザーだし(どうせ俺には絶対似合わないよ)。んで何でいきなり家捜し始めるわけ? 変なソフト勝手に端末に入れんなよ。
「お前遂の弟なの? 全然似てねぇけど」
「お前何かに似てると思ったらサバ猫だ。今からサバな。サバ吉」
「サバ猫って何?」
「サバみたいな模様の猫。パスワードもなしかよ、相っ変わらず不用心すぎてクソつまんねぇ」
「サバってだから何」
「何王則あの女とまだ切れてねぇのか? 趣味悪ぃなこんなとこに写真入れとくなよ。げ、クソ爺ィの写真まで」
「人の漁るなってば! お前何しに来たんだよ、あ! 捨てるなバカ、床が焦げるだろ」
ジンはごついブーツの両脚をどかっと机の縁に投げ出して、膝の上にキーボードを置くともう一本煙草をくわえた。
「ンなわけねーだろ番猫。焦げるプログラムがあったら見てみてぇ」
「禁煙って言ってるだろ!」
「だから煙草じゃねぇって。もっと軽くて可愛いやつ。で? そのデカい猫ちゃん捕まえて売んの? クソ爺ィんとこに持って来いよ、嬉しがってコピーしまくるぜ」
ジンは切れ長の細い眼をちょっと細めた。どうでもいいけどお前老けすぎ。態度と性格が。
「じじいって誰」
「俺達の道楽親父サマ。兄ちゃんもアヤも家に寄りつかねぇから俺がメーワクなんだよ」
「アヤって? 妹もいんの?」
「遂がヤバいことする時の名前。ちっ、裏もカス情報しかねえ」
がつっと膝で叩き折られたキーボードが消えた。
「何? あいつの留守中に根ほり葉ほり訊きてぇなら答えてやるぜ? お前よくあんなのと同居してるよな、何も知らないで」
「な……どういう意味だよ」
ジンは楽しそうにニヤニヤ笑っている。やな奴。
「聞かないからな! お前どうせあることないことデタラメ言うんだろ」
「今の二律背反的な言い回しはわざとなのかお子ちゃま?」
「お前だってガキじゃん」
「単純バカでもなければアヤと過ごせる筈もねぇか。なあサバ、それともお前あいつに弱味でも握られてんの? あいつはなぁ……」
「聞かねーって言ったら聞かねー!」
「ところでさっきから気づかねぇ? 俺ハッパ吸ってねぇんだけど」
にやにやしてる顔から視線を下ろしていくと、その片手が俺の手にのびていた。
煙草、押しつけられていた。
「フーン。成程な、生身じゃねぇのお前」
俺の手の甲でそれを念入りに潰して、ジンは別に面白くもなさそうな顔で自分の端末を実体化させた。フォローも何も出来ないでつっ立っている俺を無視してカチャカチャやっている。
「まだ気づかねえ? そのでっかい猫ちゃんもお前と同類かもしれねぇぜ」
「……え? 何?」
「アヤはバグベアー専門だろ、爺ィと一緒でそれ以外どうでもいいの。お前をペットにしてんのだってそうだろ──入ったぜ、くだらねぇレス」
ジンはつまらなさそうに画面を読んでいる。
「コントンでの目撃情報。ここの街の人間は獣なんて見たことねぇんだよ、だから獣なんて検索かけても引っかかんねえ。オカルト・ネット調べて正解。オッケ? 全然役に立たねぇな、こんなの」
「……お前、何で驚かないわけ」
ジンはちらと俺を見た。
「言っただろ、爺ィもバグベアー・オタクだって。お前がどっかから湧いて出てくる前から研究してんだよ。アヤがお前を飼ってるのだって研究材料だろ? ご愁傷サマ」
……そんなこと考えたことなかったけど。
遂がいろんな事俺に言ったり訊いたり、メンテナンスで試したりするのは、そういう意味もあるかもしれない。
ジンが机を蹴って立ち上がった。
「さーて次は兄ちゃんち襲撃すっか。阿呆天使によろしくな、サバ」
しばらくいじけてたけど、ジンの散らかしたところ掃除してフロ入って上がるとさっぱりした。俺やっぱり単純なのかも。でもあいつ絶対悪意あるもん、俺もしかして苛められてる? それともからかわれてる? どっちでもいいけどさ、あいつの言うことなんか信用しない。ふん。
「ジンやっぱり帰っちゃったか、残念。それにしてもよく出てこられたな、警備員のヒト達可哀相……あーあ会いたかったなぁオレも」
「あいつホントにお前の弟なわけ?」
「え? ジンがオレのこと兄って呼んでくれたの?」
めっちゃくちゃ嬉しそうに遂が聞き返す。何なんだかなこの家族。
「キミノリってお前の兄貴だったよな? そっちも兄ちゃんって呼んでたし」
「そうなのよジンは王則が大好きでねぇ。オレはどっちかというと嫌われてるかなあ、何というかあの人まっすぐで真面目でココロがキレイな人が好きなのよ」
「……あいつと反対じゃん」
遂は俺のぶすくれた顔を見て笑った。
「血は繋がってないんだけど、ジンの御両親もう亡くなってるしオレのおとーさんがジンのこと気に入ってるから」
「悪趣味。お前の親父って何やってる人?」
「エーテリオン研究」
ああ、それでバグベアー・オタクか。
「あのケモノもバグベアーかもしんないってマジ?」
遂はきょとんとした。こいつ目をまんまるにすると俺やジンより年下っぽいかも。
「あれ? オレ昨日言わなかった?」
「言ってねーよ!」
「あらごめんなさい。えーと、あ、ホント言ってなかった。つまりね見かけより全然軽いか体重を自己調節出来るかってことだから」
「そいつ捕まえてどうすんの?」
「捕まえるとは限らないけど? だって今のところ何も迷惑なことしてないし、まあアナタ驚かしたのは事実だけど。でも害意がホントにないか確かめたいよね? それにバグベアーならどこかしらバグってると思うからオレがお医者さんとして出来ることをね」
遂はふと言葉を切って俺をじっと見た。色素薄いなあ、ジンは色黒だしな、顔だって全然似てないし、やっぱりホントの兄弟じゃなかったんだ。そんなことを考えてたら目の前の顔がちょっと傾いた。
「オレ何か変なこと言った?」
「へ?」
「オレ誰かと暮らしたことあんまりなかったからよく解んないのよ、直して欲しいことあったらホント遠慮なく言ってよ? その方がオレも嬉しいから」
「気を遣いすぎだって、お前」
「ムカさんにもそう言われた。オレ鬱陶しい?」
時々な。というかしょっちゅう。でも遂の一生懸命っぽい顔を見たらそんなこと言えなかった。
「だから、気を回しすぎ! お前ジンの図々しさを見習え」
「え……オレ、ジンに図々しいって言われたけど」
「あいつの言うことは一切気にしなくていいの! もっとまともな奴のこと聞けよ」
はあい、と遂は小さい子みたいに笑った。
× × ×
それから何日か遂はほとんど顔を合わせる暇もないくらい忙しそうだった。中央管理局では特殊な(つまりバグベアーとか、ややこしいやつ)デバッグの仕事をやってるって聞いたけど、そのチームは出来たばかりで、しかも遂の他にあんまり人がいないみたい。帰ってくるのは夜中だし、出ていくのも早朝。しかも出勤前にデータ整理。
「もしかしてお前一人のチームだったりしない?」
夜中たまたま目が醒めた時いたので半分寝惚けたまま聞いてみた。いやホントはお疲れとか身体壊すなって言うつもりだったんだけど。
「いえいますけど? ウェンさんとかウェンさんとかウェンさんとか」
「一人じゃねーか!」
明るく笑った遂がちょっと説明してくれたけど、遂のチームは一応は警備部門に属するんだけど実際はNVMの主任直属で、責任者(それがウェンさんだ)もNVMの人なんだけど長期休暇に入っちゃったから遂が忙しいんだってさ。
「お前一人で何でもやりすぎ」
「そうかなあ、でも大丈夫。ありがとね」
そこまでして頑張るのって、もしかして俺の食費(いや、ない)じゃなかった、一人分生活費プラスだからってことだったりしないだろうな。
俺も何かバイトしよう。そしてちゃんと独り立ちして、でもバグベアーを雇ってくれるかな? それ以前に俺どう見てもせいぜい14、5歳。デリバリー会社とかだろうな。住み込みだと家賃は浮くけどバレるだろうな。
そんなこと考えながら寝ようとしてたら、遂んとこに客が来たみたいだった。夜中だよ、寝かせてやれよ。遂って絶対追い返したり出来ないよな。
そんなことを考えてるうちにいつの間にか寝てた。
夜中、何かぼそぼそ喋ってたみたい。
んで目が醒めたら客がまだいた。
居間の椅子にどかっと座ってたのはジンをでっかくでっかくしたように黒ずくめの男で、いやジンみたいに俺は怖ぇぞ触んなでもカモ〜ンって感じの危なさじゃなくて、けど机に頬杖をついて俺をじーっと睨んでいるその人は絶対! 何か危険! ジンがヤクザだとするとこっちはプロの軍人、特殊部隊とか、それもばりばり仕事中の感じ。
「おはよまー君、うわぁ惜しい、雲がほんのちょっとある。あれさえなければ快晴なのに」
ちょっと脱力していいですか。いや良くない。座ったら逃げらんない。
「遂……」
「ああ紹介するね、李楝さん。ジンが教えてくれた付近探してね、昨日やっと友達になれました。今度からオレの仕事手伝ってくれる人でね」
「おい」
地を這うような低い声。うわっ、喋った。
「俺が何だと」
「え? だからオレの友達でアシスタントさん」
「いつ俺が手を貸すと言った」
「ホラ昨日造った身分証明にそう書くからねとオレは言いましたよ。エーテリオン研究所関連だとまず司法の手が入らないし、まあ入ってもバレないとは思うけど」
……ID偽造?
「楝さん今のご時世だと《シェル》以外では暮らしにくいでしょ。エーテリオンがこれだけの濃度で存在するってのはオレ他に知らない。それにうち、バイト料高いよ。アナタの食べる分確保するにも最適」
「……何かよくわかんないけどお前ら、そういう取り決めって最初にしておけよ」
じりじりと李楝という人から遠ざかりながら思わずそう突っ込むと、うわっ、こっちを見た。怖いよぅ、でも何というか二度目だって感じがするのはジン? あいつのおかげか? あいつ避難訓練?
「カンがいいよねぇまー君って」
しみじみと遂が呟いた。
「何? 何が?」
「だってここまで力一杯怖がられるとオレですら面白いもん」
面白がるなよ!
「ということで楝さん、この人は食べ物じゃないからね」
「……はい?」
遂が何か植えたばっかりのプランターに躓きそうになって、そこが部屋の隅っこだと気づいた時李楝さんが立ち上がった。そんなにでかいのに、普通ならがたっと音が立つ筈なのに全然音なくて、というか動きがやっぱり何かいつも警戒中の特殊部隊、というよりこれは。
あれ……二度目って、一度目はジンじゃなくて。
「う、うわぁぁぁっ!!」
一瞬でその身体が溶けたように変わった、おいおい特撮なんか俺もう絶対見ない! ここにホンモノが!
部屋一杯に悠然と尻尾を揺らしてこっちを見ているのは、あの夜のケモノだった。
「バグベアーじゃないんだって。生きた世界の神秘なヒトなのよ楝さんは。コクサンゲイと言って──」
その後は聞こえなかった。だって、俺その途端また落っこちたから。
× × ×
「──も、アナタ結局食べなかったじゃない、オレを」
遠くで遂が何か言っている。
「大丈夫だよ、楝さん。アナタ自分で思っているよりずっと人間なのよ。オレなんかよりずっと」
返事は聞こえない。
あの夜見たケモノの目を思い出した。すげぇ怖かったけど、すごく綺麗でもあった。怖かったくせに、匂いを嗅がれてオレはでかい猫に懐かれたみたいな気もしたんだ。
「──それは本能。オレには残ってない。──アナタももうどこかに落ち着いていい頃だよ」
遂が静かに笑った。
「いいよ、アナタが飢えてどうしようもなくなったら止めてあげる。誰も食べなくていいよ、安心なさい」
そうだ、夜中に聞いたのは、そんな会話だったような気がする。
× × ×
目を開けるとそこに李楝さんがいて俺を観察していた。
う。
目をそらしたら負けだ! ついそうやって動かず睨みあっていたら遂が爆笑した。
「アナタ達ちょっと面白すぎ。まー君このヒトがアナタを地下の貯水タンクから引っ張り出してこっそり運び上げてくれたのよ」
「え? マジ?」
その途端目をそらしちゃって、ああっ俺の負けか! でもかぷっと首筋に食いつかれるようなことはなくて、俺はベッドの上に座り直した。
「うー、ありがとうございました!」
楝さんはポーカーフェイス(というかもしかしてケモノの表情)のままちょっと首を傾げて、また音もなく立ち上がると居間に戻っていった。尻尾あったりして……というかあの服どっから出てくるわけ? もしかしてあれ毛皮の一部?
「楝さんそこの端末に仕事の情報入りますんで持っててね」
卓上のそれを取り上げて、振り向くこともなくその黒いでかい姿がふっと消えた。
「……遂、あの人俺よりよっぽど幽霊っぽいけど」
「転送の原理でね、自由に飛べるんだって。あれですね中国の仙人というか」
「人間じゃないじゃん!」
「あら仙人は人出身とは限らないのよ」
何かもう……俺バグベアーなのに。負けた感じがする。
「まー君も修業すればああいうの出来ると思うよ? 少なくとも《シェル》内なら」
「やる! 俺もやる!」
「あー良かった、また一人確保。ウェンさんの抜けた後BB事件増えて忙しくて」
はい?
遂は天使みたいな顔で笑った。
「とりあえず今回の目撃者は五人でした。通過したのキッチンだったからね、当分噂になると思うよ」
END


