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蓋星水滸伝番外

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蓋星水滸伝番外:彼らの流儀


 目の前の男の器量を宋万はまだ測りかねていた。

「いいからお前、日陰に入って床几にでも腰掛けてろよ」
 容赦のない陽射しは無論のこと、不意打ちのように突然目に飛び込んでくる水面の照り返しは目を焼く。水苔や葦でぬめった足元、ぎざぎざの岩肌。虫に食われれば慣れない者はひどくかぶれることもある。
「あ、いえ、大丈夫っス。それより、本当にここまで使われていたんですね」
 白勝は澱んだ水中を覗き込み、足元の固い土に刻まれた跡を見やった。
 嵐の度に舟を引き上げた跡である。浅い湖とはいえ、嵐が来れば舟を繋いでおいてはひとたまりもない。川から流れ込んでくる大量の水が舟を打ち砕く。それに備えるだけの設備はここにはなかった。
 水塞──というよりは漁村の船着き場と大差ない。正面は何とか体裁を保っていたが、端の方のこの辺りは半ば放置されている
「俺が頭領になった頃にはもう殆ど使われていなかった。昔はもっと水が深かったんだろうさ。これじゃ舟を水に浮かべることだってろくに出来ねぇ」
 梁山泊の賊は湖賊と呼ばれる。
 だが雨が少なければ沼地か湿地に近い地域が広がり、旱の年には乾いた湖底が表れる。舟が使えなくなれば湖賊とは言えまい。長く使わなければ舟はひび割れ、用を為さなくなる。王倫時代には官軍とろくに戦ったことがなく、ここまで官軍つまり敵が押し寄せてきたこともないから、防備は朽ち果てるに任せられていた。金砂灘という呼び名は残っていたが、その名称がいっそ気恥ずかしいほどの荒れぶりだ。
 ここを改修すると決めたのは、水軍の頭である阮小二だ。まだ梁山泊の一員となって日は浅いが、自然とそうなった。
 宋万は阮小二という男を高く買っている。振る舞いが見事で、舟の扱いに長けていることは言うまでもない。そういうものは漁師上がりの者らにはすぐに伝わるらしく、あれほど無口な男であるのにいつも誰かに囲まれている。
 彼の出現によって、梁山泊には水軍が初めて誕生した。それまでは整然と組織だった集団ではなく、ただの山賊の集まりに過ぎなかった。それでも、たとえ官兵や緝捕使臣らが押し寄せてきても苦もなく押し返せるという自信はあったし、事実、捕盗らも恐れるほど梁山泊の名は鳴り響いていた。
 その梁山泊が変わる。
 新たな梁山泊の構想を知った時、宋万は目から鱗が落ちる思いだった。
 ──水軍を分けましょう。
 そうきり出したのは、呉用。
──私達に必要なのは長期的な目。これから梁山泊の規模は更に大きくなります。
 梁山泊の図を扇で示した白い手の向こう側で、阮小二は頷いた。彼が発言することは殆どない。まるであの美女が全て言い尽くしているというように、だが、阮小二がそう無言でいる間は物事は滞りなく進んでいるようにも思える。
 ……あの呉用という女は何なんだ。
 宋万はその白い横顔を思い出して僅かに顔を顰めた。女が頭領らの集まりに顔を出していることさえ今まで例がなかったというのに、いざ始まってみれば、終始会議を取り仕切っていたのは空の塞主の座の隣に座っていた呉用だった。
 正直言えば、宋万はあまり面白くない。確かに舌を巻くほど博識で、その朱唇から出る言葉は価値があった。これが男であれば軍師として申し分ないのだろうが。
「──泥抜いて、ここをもう少し広くして……」
 白勝が何かぶつぶつ呟きながら水辺を歩き回っている。その向こうでは朽ちた舟や杭を片づける男らの声。いつもはひっそりとしていただろうこの船着き場は、今日は騒がしい。
 ──どういう顔ぶれなのだろう。
 塞主は孩子、軍師は女。あの少年道士は更に論外、まるで他愛がない。そんな面々を、あの阮小二や劉唐らが生真面目な顔をして戴いている。驚いたことに、林冲もそれが当然であるかのように受け入れている。
 ──驚くことには慣れた。
 そんな彼らに従ってきたこの白勝という男は、では、何者なのだろうか。
 阮小二は宋万にこの水塞の修復を委ね、その補佐として白勝をつけた。否、つけたという言い方はしっくりとしない。
 ──やれるか?
 そう、短すぎるほどの言葉で阮小二が問うたのは、白勝の自信のなさを危惧したのだろうか。その場ではそう受け取った。けれど、あれはもしかしたら、この男の多忙さを慮ったのかもしれない。
 宋万がそう気づくまでには、さほど時間は要らなかった。
 白勝の元にはひっきりなしに誰かが走り寄って来ては何かを告げていく。
「白の兄貴。後で時間あったら寄って下さいって、朱貴の兄貴が言ってましたぜ」
 昼餉を届けに来た少年の一人が旨そうな匂いのする大鍋を並べて置いた後、そう言った。
「あと、あの女先生と、小五の兄貴も。えっと小五の兄貴は鴨嘴灘の方で──」
「そんなにいっぺんに言いつけてどうすんだ、白は一人だぜ」
 思わず宋万が口を挟むと、怒鳴られ慣れている少年は肩をすくめて、へい、と縮こまる。白勝が手を振った。
「後でそれぞれんとこに顔出しますから。朱貴の兄貴んとこは夜にでも伺いますって伝えといてくれますか」
「あ、へえ」
「ありがとうございました」
 年上の、しかも兄貴と敬称で呼ばれる男にそう言われて、少年は面食らいながら去っていく。
「よっし、お前ら、飯にするか」
 宋万が声を上げると、待ちかねていた男らは木切れや鋤を放り出して汗を拭った。ぬるついた水草の下でぴちゃりと鯉が跳ねた。

「白、目下の奴にあんまり下手に出るな。すぐつけ上がる」
 料理の取り分けで喧嘩になり始めた男らを一喝した後、宋万は白勝を睨んだ。
 荒くれた男達の集団は席次というものに敏感だ。腕っぷしが強いか、武器をよく使うか、知恵が回るか、声が良く通るか──宴席で席を一つ間違えただけで血を見る争いになる。相手が卑屈な態度に出れば立場が弱いとみなして居丈高になり、勝ち目がないと見なせば恭順になる。白勝のように姿勢を低くしていれば軽蔑されても仕方ない。
 白勝は晁蓋にごく近しく仕えている。あの、やけに狡猾で腹の裡を読ませない孩子が、この青年を小突いたり何か命じたりしているのを宋万も目撃している。信頼されているのだろう──と思う。
 だがそれを知っているのはごく一部の者だけで、多くの者は白勝をただの新参者と見なしている。阮小二らと共に梁山泊に入ったから、新入りのくせにいい目を見ている──兄貴と呼びながらも、腹の中ではそう毒づいているだろう。
 白勝は苦笑いした。宋万よりも幾つか年下だろうが、歳よりも若く見えるのか老けているのか判りにくい。奇妙な青年だ。痩せていつも腕をだらりと垂らしている。やや青白い、何の変哲もない顔立ち。どちらかといえば柔和な雰囲気で、人が何人かいれば容易にその中に紛れてしまう。
 梁山泊の賊にはとても見えない。町で仕事をするには重宝なことだが、人の上に立つ者としては致命的だ。
 容姿よりも、多分、それは性格に問題がある。
「すいません。でもおれ、ただの使い走りで充分ですから」
「晁蓋は使い走りの為に牢破りをさせんのか」
「しますよ、あの人は」
 おれは心おきなくこき使えて便利なんだそうです、と彼は冗談なのか本気なのか判らない表情で付け足した。
 宋万はますます憮然とする。
「お前がそういう態度だと下の奴らが迷う。もっと偉そうにしていろ。ここの修復を任せられたのは俺とお前、どっちも頭領だ。使い走りじゃねえ」
「おれ、そんなご大層な人じゃありませんよう」
「解らん奴だな、喜ぶならともかく」
 宋万は誰かが差しだした酒をがぶりと飲んだ。
 こいつはやり辛い。
 使えないわけじゃないが、気に入らない。


「ったくよー、やっぱ俺も大将についてきゃ良かった。一日中穴掘りだの泥んこ遊びだの、周りはむさっ苦しい野郎共ばっかりだし、おう白、ちょっくら街に出て綺麗なもん見てこようぜ。目玉まで泥色になりそうだ」
 白勝が鴨嘴灘に向かうなり、待ち受けていた阮小五はぶつぶつと文句を言い始めた。愚痴までからりとしているのはこの兄妹の性格だ。周囲で水路の泥をかい出している男らが笑っている。
「もうちょいの辛抱ですよう小五さん。今のこの状態で大名府から追っ手が来たらここ、ひとたまりもありません」
「ンなのもう来ねぇよ。大将も言ってたじゃんよ、軍隊動かすには理由ワケ要るし、そしたら梁中書のやってた悪事ぞろぞろバレんだろ? 軍隊ならともかく緝捕使臣おまわりごとき俺らの敵じゃねーよ」
「でもここ、軍出して討伐するのに何も理由要らないんじゃないでしょうか」
「それもそうか」
 あっさり納得して、しかし阮小五は口を尖らせた。素潜りばかりしているせいで赤くなった髪が、太陽の下で金色に光っている。肌脱ぎになった身体も同じ色に日焼けしており、何故か眉ばかりが黒い。
「ところでよ、学究が言ってたみたいにとことん造り直すんなら、大工とかプロじゃねぇと駄目じゃねぇ? 昨日ここ掘ったんだぜ、でも夜のうちに崩れちまった。自分で言うのも何だが俺ら素人だし、いきあたりばったりやってっからな」
「はあ、もっと固めなきゃなんねぇんですかね。用さんに訊いときます。元大工の人は何人かいましたが山塞の方に取りかかっていますからね……でも大工って船着き場も造るんスか?」
「馬鹿、そうじゃねぇよ。船着き場くらいなら朝飯前に直せらぁ」
 阮小五は寄りかかっていた棒きれで宙に壁のようなものを描いた。
「ここ見晴らしいいだろ? お前らがやってる金砂灘はもっと。俺らも来た時思ったもんな。中から見通しきくのはいいけど、外からも丸見えじゃんよ。ぼろっちぃんだよな」
「ぼろ……」
「っつったら学究がちゃんとした壁造りましょうって。戦の時はよ、それだけで何倍もの相手と戦えるんだとさ。そんで水深くして、そしたら潜れるしな。水中で戦うんなら俺ら阮兄妹の敵はいないぜ。あと他にも何か色々言ってたけどいっぺんにゃ出来ねぇからな──だから大工が欲しぃんだよ。それとも大工って言わねぇのか? そういうの」
「さあ──でも図面引いたのは用さんですから用さんに」
「ところで何で学究が大工みてぇなこと知ってんだ?」
「学者だからじゃないスか?」
「ふーん。学者って凄ぇな」
 遙か古代の墨子をはじめ、机の前で端然と筆を執るか宮廷で弁論を振るうばかりが能と思われがちな「学者」の中には、農業や建築、軍事、医学、果ては服飾や料理に到るまで様々な知識を会得し、或いは発明した者もいる。その多くはその道の専門ではなく、何らかの公職に就きながら余暇として研究した成果であった。
 呉用が読んでいる本については小五も白勝もまるで内容を知らないが、時折何かの図面のようなものが入っているのを見たことはある。
「でもおれ、材木のことなんかであちこち出向きますから、その時良さそうな人がいたら声かけておきます」
「梁山泊で働きませんか短時間で金はガッポリ旨い食事てんこもり? 怪しすぎて誰も来ねぇぞ、そんなの」
「そんな言い方しませんって……」
 ひとしきり喋ると小五は気が済んだらしい。
 かけ声と鎚の音が響く水辺を後にして、白勝は山塞を見上げた。そろそろ日が暮れようとしていた。


「そうね、職人は確かに必要ね。けれど貴方がうん城に出向くのは当分よした方がいいようよ」
 呉用のへやはもうそこで何年も暮らしてきたかのような雰囲気があった。
 妙齢の女性の房ならば、艶やかな緞帳や敷物、華奢な衝立に彩られ、絵や置物が飾られているものだろうに、彼女の房は装飾品が一切なかった。劉唐やその部下からのてがみの山、山塞の見取り図と梁山泊全景図、呉用の手による全国略図……部屋の隅には幾つもの壺や、薬を調合する道具のような品々もある。大名府の牢城を破った時に小七が使っていた黒い爆発物も呉用が造ったものだったと白勝は思い出した。彼女の白い繊弱な手からは想像もつかない。
「はあ、おれ顔割れちまいましたからね。手配されてますか」
 だが白勝のように容姿に特徴のない者はそう捕まるものでもない。駆け出しの頃ならともかく、白勝がまともに刑を受けたのは先日の一件くらいだ。捕盗の手をするするとくぐり抜けて姿を消してしまうことには慣れている。
「大名府からは別に。牢城から逃げ出した中には重罪犯が何人もいたから、そこまで手が回らないのが現状のようよ。まして貴方は梁世傑が個人的に捕らえさせたのだもの──架空の窃盗容疑か何かで名前は載っているかもしれないけれど、向こうとしてもさほど大ごとには出来ないでしょう」
 梁世傑の一党は血眼になっているでしょうけれどね、と呉用は付け足した。
「貴方の顔を憶えているのは何人くらいかしら?」
「街でおれを捕まえた奴らは多分。殺威棒くれた押獄もあわせて、六、七人ですかね」
「一人で対処できる?」
「大丈夫っス。迷惑は掛けませんよ」
 頷いてから白勝は首を傾げた。大名府から手配が回ってきているのでなければ、呉用は何故自分を呼びつけたのだろうか。
 彼の疑問を察したらしく、呉用が微笑んだ。
「鄆州は鄆州で、貴方や劉唐を憶えている捕盗がいるでしょう?」
「ああ──」白勝は口を開けた。「雷横の旦那ですか」
 石碣村から鄆城は目と鼻の先だ。楊志の一件の調査と段取りの為に、白勝や劉唐はよくそのまちを訪れた。
 鄆城は阮小二の勢力圏でもある。小二の身内といえば手に入りにくい品々や情報も調達できるし、役人にも顔が利く。しかし、中には《短命二郎》の威光が効かない一徹な捕盗もいた。その一人が雷横だ。こちこちに固い頭ではなく、長いものに巻かれるのが嫌いな性分──つまりはへそ曲がりだ。地域の住民には親しまれており、それなりに鼻も利けば腕も立つから余計に始末が悪い。劉唐などは逆に彼を気に入ったらしく、一目置いていた。
「今までは貴方、尻尾を掴まれるようなことはなかったけれど、手配書という大義名分があるからには彼、手ぐすね引いて待ち構えているんじゃないかしら」
 劉唐が面白可笑しく聞かせた報告と白勝の泣き言を思い出したのか、呉用はくすくすと笑った。
「弱ったなあ。おれ、職人とか材料の仕入れとか、用事あるんですけど。いっそ開封に出かけた方が早いっスかね」
「そうね。開封でならいい人材も見つかるでしょう。それに──」
 彼女は気の毒そうな顔をした。
「あの、悪いけれど白勝、貴方に頼みたいことが二つあるの。今までの話にも含まれるのだけれど、お願いできるかしら? 本当なら私が出向いて説得したいけれど、貴方なら適任だし……いくら何でも大変すぎるかしら」
「いや、大丈夫っスよ。用さんの知りあいですか?」
「ええ。金大堅と蕭譲といって──」
 ひとしきり打ち合わせが済むと、白勝は費用として幾らかのまとまった金銭を受け取り、彼女の房を後にした。もう真夜中も近かった。


 白勝が呉用の房を訪れた、その頃。
 水塞での今日の仕事を終えた宋万らは思い思いに引き上げていった。仲間と博奕に興じる者、小遣い銭を手に入れようと街や街道に出向く者。宋万が幾らか与えた銭を懐に、安い妓館に押しかける男らもいる。
 宋万は手下の誘いを断って一人で朱貴の酒店に足をのばした。大勢で騒ぐのも悪くないが、実を言えば彼は一人、又は気のあった対等な相手と差しで飲むのが一番好きだった。宋万が酒の相手として気に入っているのは劉唐。あの男が晁蓋と共に去ってから、惜しいことをしたような気がする。
 ごく親しい部下は宋万の性癖を知っているから、宋万を引き止めもしなかった。この店の中にも一人か二人、見知った顔がいたが、目礼するだけで声を掛けては来ない。昼間はともかく、この時間になるとこの店は静かに酒が飲める。亭主がだんまりだと常連客もそうなるのかもしれない。騒々しい者がいれば客の誰かがそいつの襟首を掴んで外に放り出す。それがこの酒店での習わしだ。
 あいつらが出立する前にもう何度か飲んでおけば良かった。そう思いながら彼が生姜の効いた鶏の煮物を肴に飲んでいると、ふと聞き慣れた名前が耳に飛び込んできた。
──白勝、と。
 良い響きの口調ではなかった。
 宋万は視線を窓の外の闇に投げたまま店内を見回した。自分とは逆側の片隅にいる数人の男らが目についた。
 静かな店内では数人連れの客もひそひそと喋る。その男らもごく小声で喋っていたが、常連ではなかった。何となく耳障りだ。もう暫くすれば誰かにつまみ出されるかもしれない。
 三人か、と宋万は酒を口に運びながらぼんやり考えた。花青虎、王倫のおべんちゃら使い、あの青年に似た類の奴らだ。一人の腕から覗く彫り物はまだ墨が途中なのか、それとも痛さにたまりかねて途中で止めたのか、線彫りのままだ。あれは見たことがある──昼間いた。よく働く男ではあるが、頭領である自分の目のつく場所にばかりいるような気がして、何となく心底可愛がる気にはなれない奴だった。
「だから今夜──」
 その男の声が大きくなりかけた時、宋万は立ち上がった。朱貴に頷いてみせると、彼はいつもの無表情で挨拶した。
「頭領!」
 あの線彫りの男が宋万に気づいて声を上げる。宋万は面倒臭そうに手を振った。
「静かに飲め、若僧」
「へい、すいません……あの」
「ここの流儀だ」
 幾らかの銀を卓に放ってやって、何か言いかけるのを背で黙らせるように宋万は酒店を出た。
 夏の終わり。夜はひんやりと湿っぽい。
 実力のない者は蹴り落とされる。相応しくない者は長くはここにいられない。それが宋万の好む梁山泊の流儀だ。
 明日もまた忙しいだろう。


 水辺の朝は早い。早朝だというのに、眩しくちらちらと反射する。何人かが小舟を出して漁をしていた。一際大きな人影は阮小二だろう。漁師から賊になっても人の習慣はそう変わらないらしい。
「あれ、早いっスね、宋万兄貴」
 水際で宋万の足を止めさせたのは、あの軟弱そうな男の声だった。帳面のようなものを広げて傍らの男に指示している。土台の石を並べる前に線引きをしているのだ。
「俺より早く来といて、嫌味か? 白」
「そ、そんなんじゃありませんよう」
 冗談を本気に受け取ったらしく、白勝は慌てて首を振っている。その横にいる男の腕に線彫りがあることに宋万は気づいた。よく見れば腹を庇うように歩いている。彼らの向こうで既に働き始めている数人の中に、昨夜見かけた残りの二人がいるかもしれない。一人がびっこを引いている。
「すいませんがおれ、明日開封に出向くことになりました。大工とか色々、探さないとならなくて」
「ああ、お前も本当に忙しいな……」
「だから今日のうちにおれが手伝えることはやっておこうと思って。これ、用さんがおれらでも判るように書いてくれました。董茂とうもに教えてあるんで、明日はこいつにやらせて下さい」
 そう言って示された線彫りの男の口元は赤く腫れ上がっていた。そういえばそんな名前だったかもしれない。
「董茂、その顔はどうした」
 人の悪い笑みを微かに浮かべた頭領をちらりと見て、董茂は苦笑した。少年めいた悔しそうな顔だ。
「まあ、ちょっと」
 まだ諦めていないらしい。鼻っ柱を打たれて泣き喚くよりはよほどいい。ほんの少し、この董茂という青年が気に入った。
「ふん、それもここの流儀だ。字が読めるのか」
「ちょっとだけですけど」
「上等だ。白、今日一日でこいつを使えるようにしてくれ」
 人使いの荒さで知られる宋万の言葉に、董茂は顔を強ばらせた。明日宋万の気に入るような仕事が出来なければどうなるか知れている。
 宋万は白勝をちらりと見やり、薄く笑った。
「そろそろ集まって来たな。おいお前ら、頭領よりも遅く来るんじゃねぇ。始めるぞ」



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