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戦略美術部 8
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戦略美術部 8:もうかりまっか(後)
「先輩玉ネギの匂いがします」
箕面先輩達が山ほど作ってきたおにぎりを各個撃破しながら邑楽がのんびりと言った。クラスには5分もいなかったと思うんだが。
「うちのクラスで女子が刻んでた」
「動物虐待っスね」
うちのクラスはカレー屋をやっていた。ひどく食欲をそそる匂いが充満していたが、隣近所の地味な研究発表を見に来た人々の記憶はカレー色に染まったことだろう。結構繁盛していたので誰かに見つからないうちにさっさと抜けた。悪いが手伝う暇はないし、これで一旦顔を出したという言い訳も立つ。実を言えば誰かが呼び止めようとしていたが「えーと何て読むんだっけあいつ?」と呟いている隙に消えた。難読な姓もこういう時は便利だ。
「邑楽、とりあえず先に手を洗って来い。あと口元に海苔」
「あ、やべっ」
だからズボンで拭くなって。
壁には水彩やスケッチ、イラストボード、床にはイーゼルを立てて油彩。僕らが即席に描いたやつだけでは淋しかったので、かなり昔のものと思われるやつも何枚か飾った。去年も使ったな、これ。
この部屋はどうやら家庭科の実習室らしく、大きな卓がお誂え向きに6つばかり並んでいる。そこに飯山満達が白いウサギやペーパークラフトをうまく飾り、手前の二つにはポストカードサイズのスケッチやイラストを無造作にばらまいている。入口あたりから見た雰囲気は悪くない。
「で、彼奴らは」
「つい10分前に巡回に来ました。暫くは大丈夫っス」
「よし、広げろ。菅生、ガムテープ」
邑楽が嬉々として卓の下に押し込んでいた黒い模造紙を広げた。おとなしいスケッチが並んでいた壁の上に広げると、菅生がすかさずガムテープで固定する。一瞬にして作業終了。
その壁一面に現れたのは値札のポストイットをつけたセル画だ。地味だった一画がいきなり派手に怪しげになった。
「壮観っスねー」
油彩などをのんびりと眺めていた上品そうな一般客が僕らの作業を興味深そうに眺めている。あら、売り物もあるのねとダンナに声を掛けている。売りますけどセル画だけど?
「邑楽、まだある。猫実、ハガキの値札は?」
スポーツバッグの中から三角錐形にした色ボール紙のそれを取りだして、ポストカードの傍に置く。これなら一瞬で撤去出来るし。
「きゃあ〜〜先輩、これ予約していいですか?」
すぐ耳元で飯山満が叫んだ。いかにも清楚なお嬢様らしいワンピース姿でそう叫ぶな。というか、いつからそこにいたんだ。
「……じゃあ予約済みって書いて貼っといて」
「うふふ、ありがとうございます。やった♥」
「あ、客だ。邑楽、会計席」
「はいっス」
「まあ、これ面白いわね」
さっきの上品なおばさんがポストカードの一枚を手にしている。インクを何色か適当に垂らして重力と気の向くままに流すとそうなるのだ。前衛的で結構面白いと思ったので並べておいた。
「あら、猫の手だわ、おほほ」
「……猫実、あれもっと作っておくべきだったか?」
「うーん、くるみに特上の猫缶でも献上するか」
「先・輩。これも予約しますね、うふふふ」
「いぇーいフケてきましたー」
大豆戸が帰ってきた。蝶ネクタイがこれだけボーイッシュに似合う女の子というのも珍しいと思う。手品の助手っぽい。
「飯山満っちー、例のブツー」
「うふふふ」
飯山満と大豆戸は机を一つ隅に出して、そこに何か積んでいる。そういえば何か売るとか……オイ。
「それ、もしかして同人誌ってやつ?」
「そうでーす。菅生先輩、一部買いませんか!」
「いやオレはいいよ、わかんないし」
表情に出たのか大豆戸がちっちと指を振った。
「大丈夫ですネコ先輩、これ健全ですから。16禁ですらないっス」
「ね〜♥」
お前ら15歳じゃなかったっけ。というツッコミは控えることにした。石橋は叩かない方がいいのだ、渡らないんだから。
さっきのおばさんが嬉しそうにポストカードとスケッチを買っていった。そんなインクのしみに天満のコーヒー一杯分の値段をつけた身としては、多少良心が痛まないこともない。
まあいいか、お祭りなんだし。
「よーネコミちゃん。今日もカラスみたいな格好して」
「手伝え」
昼前にいきなり混んだかと思ったら飯山満の友達御一行だった。目を爛々と輝かせてセル画にたかる姿を、出水と頸城が遠くで怯えながら見守っていた。
それにしても……一見普通の(むしろ可愛いくらいの)子が多いんだな、飯山満の腐女子仲間って。もっと怖い感じのが多いと予想していたんだけど。
「いやぁネコ先輩のアドバイス通りっス、売れました。俺ロリ漫画に走ろうかなあ」
邑楽苦心のカードナントカさくらのセル画をまとめて全部買っていった男を見送った後、邑楽は嬉しそうに報告した。
「描くのとそっちに走るのは別だけど、止めないよ」
「止めて下さい」
冗談だったのか。
「軍曹、第一小隊、哨戒に出ます」
「了解」
さっきS&Wを没収したのでネタ切れだったのか、菅生はポケットを妙に膨らませることもなく廊下に出ていった。売れ行きも上々。順調すぎて何か嫌な予感がするのは経験の為せる技か、意外と不幸体質なんだろうか。
「コーヒー買ってくる」
「あ、先輩、マメ氷いちごが食べたいっス!」
「私も〜」
「おお〜ネコミっちゃん俺も俺も」
「先着二名、飯山満で終わり」
「ありゃー」
「そろそろ二回目の巡回来てもいい頃だから用心しろよ」
「「「はーい」」」「いってらっしゃーい」
何か不安なメンバーだ。
吾等が美術部の屋台は妙に盛況だった。
「オラそこ並べ、はい次! いくつ? はいっ次! 万札ですか? チッ」
およそ客商売とも思えない態度で天満が客を捌く声が聞こえてくる。こんな態度の悪い奴だというのに、何故ここまで長蛇の列が……。まあ、これだけコーヒーの芳香の漂う場所も珍しいからな。
裏手から回ってみると屋台は戦場だった。ワイシャツを腕まくりした天満がカップにかき氷を山盛りにし、金を受け取り、越生が「はい〜レモン一つ〜」とシロップをかけては客に渡していく。その横でせっせとアイスコーヒーを盆に並べていた箕面先輩が目敏く僕に気づいた。
「あらニャーちゃん、手が空いた?」
「まあ人数的には足りてますが向こうを長く空けるのは今一不安なんですが」
「にゃあ会計! はいイチゴ3つ!」
後ろ襟を掴まれる勢いで座らされると目の前に銭箱があった。まあ菅生がいるから大丈夫だろう。溺れる者が掴む藁にしてはキナ臭いが。
「天満センパイお久しぶりです。来ました〜」
可愛い女の子の三人連れがそれぞれに注文しながら声を掛けてきた。
「ああ? 何だ、お前らか。久しぶり」
「すごいですねー」
「まあな。オラ次!」
この数秒の為に来たんじゃないかと思われる女の子達は、それだけで満足したのか「頑張って下さ〜い」と黄色い声とコロンの香りを残して去っていった。
「おまけくらいしてやればいいのに」
「いちいちやってたら商売にならん!」
「越生センパイ」
「うん? 誰だっけ」
「××中学の……」
今度は向こうだ。
客層をよく見れば圧倒的に女の子ばかりだった。たまに混じっているおじさんは箕面先輩の笑顔ににこにこしながらコーヒーを買っていくことが多い。盛況なわけが解ったような気がする。
「お前らもうすぐだろ? 一気に客減るな」
「あ、やべっ! 俺写真撮って来ないと。越生ここ頼む!」
「えーちょっと天満君」
天満はギャルソンエプロンをむしり取って僕に投げつけ、あっという間に消えた。かき氷屋にこれか? そういえば越生と先輩も同じ格好だった。
「ニャーちゃんそれしてていいわよ。氷とぶでしょ」
「僕にはデカすぎます」
「フリーサイズだから大丈夫」
そうなのか? タッパ15センチくらい違うけど? 万札の釣り銭に手間取っているうちに箕面先輩の手が伸びてきた。結構暑い。
「いや先輩前は自分で結べます。あ、越生、時間」
「あーそうだね、どうしよっか」
「へへん来たぜ! ちゅーす先輩。エプロンかっくいー」
いいタイミングで羽咋と富津が現れた。部屋に戻るチャンスだったがそろそろへたばり気味の箕面先輩に押しつけてその場を離れることも出来ず、犠牲者・出水が現れるまで銭勘定をしていた。
天満や越生が何故抜けたかといえば、演劇部に安請け合いしたからだ。何しろ演劇部には女子しかいない。しかし彼女達が演じたのは男役。何故そこで本末転倒するかは不明だ。
「へえ、天満と越生と頸城と直方と邑楽が女装。好きだねあいつらも」
ロンゴロイドの二度目の不意打ちを見事に躱したのが満足だったらしく、菅生は十徳ナイフをもてあそびながら呟いた。
「頸城はともかく、あとはデカくて不気味だと思うけど」
「え〜先輩そんなことないです、結構お似合いでした。うふふふ」
「……見たのか」
「はい。越生先輩って化粧映えするんですね」
そんなわけないじゃん、と菅生が正直に言った。SFXという意味なら間違いではないかもしれないが、ホラーだとは聞いていない。確かオシャレな現代劇だった筈だ。
「後で写真見せてあげますね」
「何故奴らもそんな後々の恥になるような証拠を残すかな……」
「今ならまだ二度目の上演中ですから見れますよ?」
いやいい。
「ところで何の役やってんの?」
「さあ、何? 飯山満」
「ヒロインとその友達と妹です」
……シンデレラの意地悪な姉達が主役なのか?
江古田&荏子田と会計を代わって椅子に座った。
「菅生、そろそろ哨戒」
「了解」
そういえば昼食べる時間なかった。頸城の御両親からの差し入れだというクッキーを一つ口に放り込んだ途端、出ていった筈の菅生が再び飛び込んできた。
「敵襲! あと15メートル」
「飯山満、それ片づけろ」
ぽかんとしているお婆さんの鼻先でセル画の模造紙を剥がして折り畳み、卓の下に放り込む。陳列スペースが足りなかったので卓の上に出していたセル画の上にクラフト紙を広げ、よその卓からスケッチを半分そこに移してばらまく。飯山満がいつものおっとりとした動きに似合わぬ素早さで同人誌の山をどこかに隠滅した。会計席の銭袋を机の中に押し込むと同時に、ロンゴロイド一行が悠然と入ってきた。
灰色のスーツ集団。さっきのお婆さんが不思議そうに見つめている。その視線に気づいた校長がにこやかに会釈した。ついでにこちらを向く。
「どうだね、越生君」
その名前で定着されたか……しかも顔を憶えられている。
「いや……僕は」
「フン、漫画か」
卓上のイラストボードを一瞥して校長は鼻を鳴らした。それは越生が描いたデューラーの宗教画のパロディなんだが。
「君は油彩かね?」
「いえ、そのへんの水彩です」
ほう、と頷いた校長達は何かひそひそと囁きあいながらこの前土手で描いてきたいい加減なやつを眺めた。
「おーいネコミ、向こう手が足りないんだけど来れない?」
すごくいいタイミングで入ってきた越生を振り返った一同は思わずフリーズした。
「……化粧落とさないの?」
「ん? あ〜、これでかき氷売ってたら妙に好評で」
越生は硬直しているロンゴロイド一行をまるで無視してへらへら笑った。
誰のか知らないがこいつにちょうどいい丈のロングスカート、よくもあったものだ。絶対に女には見えないが恐ろしいことに見苦しいわけでもなかった。だがお祭り騒ぎの校内だとはいえ、この格好で飄々と歩ける越生はやはりただ者ではない。
「直方達帰って来ないけど」
「じゃあ、おじいちゃんと邑楽こっちに戻すからそしたら来て」
「判った」
越生がすたすたと出ていくと、金縛りが解けたついでに毒気も抜かれたらしいロンゴロイド達はおとなしく出ていった。あれが越生です、と教えてやるべきだっただろうか。
「……現実って惨いよね」
菅生が呟いた。
学生さん達も大変ねぇ、とさっきのお婆さんが楽しそうに感想を述べて帰っていった。いやスリル満点で楽しいんですけどね。見ての通り。
ちなみに天満はちゃんと着替えてから屋台に戻る分別はあったことを付け加えておく。(というか、奴の場合確実に客が減るからな)。
「ほほう、なかなかの売り上げではないか」
部室で会計報告を済ませると天満が無念そうにそう言った。
かき氷とコーヒーの店も他の模擬店に比べればダントツの売り上げだったのだが、それでもこっちの純収入の半分に満たなかったのだ。単価が違いすぎるのだから比べるのが間違っているのだが、天満は悔しかったらしい。
「よし、来年は俺もセル画を売ってやる」
「お前飽きっぽいから無理。ああ邑楽、これ個人分の分け前」
「わあい」
「還元率を高くしろ!」
「かなり融通していると思うけど」
「ちっケチ」
「これくるみの分ね」
ちなみにくるみの足跡ハガキは最初に完売した。来年はくるみグッズの一画が出来るかもしれない。
「まあいい。これから打ち上げその一、徹夜で花火と麻雀だ。ふっふっふにゃあめ、ごっそり巻き上げてやる」
「賭け麻雀ならパス」
「ちぇーっ」
そろそろ幼児化するか暴れるかするだろうか。
「おお天満。これ返す」
何だか久しぶりの直方が衣類と何か女物のポーチのようなものを差しだした。そういえばこいつも女装したのか……想像したくない。
「普通クリーニングして返すだろ」
「そういえばそうじゃのう」
「マサ君それ何?」
「化粧品」
……自前?
「馬鹿者、親ンだ」
がつっと僕の頭を殴ってから天満は立ち上がった。
「まあそういうことで今年も無事終了した。これで一年間我が部も安泰だ。ラスト一本締め! フン、部長!」
「よ〜お」
越生が気の抜けた声で呟くと邑楽がコケた。ふりだったらしいが本気で手を滑らせて倒れている。
「おい、大丈夫かオーラ」
「はい〜痛てて」
「先行き不安だな……」
「もういい、俺がやる!」
一同などお構いなしの早いタイミングで天満が大きく音を立てて掌を打ち合わせ、ニヤッと笑った。
かくして学園祭めでたく終了。
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