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戦略美術部 4
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戦略美術部 4:小人暗居して不善を為す
天井の蛍光灯が瞬いている。規則正しくちらちらするならまだいいが、このリズムになっていない不規則さが癪に障る。
「ふん」
天満が箕面先輩の目の前に指を突きつけ、天井を指してみせた。
「何よ」
「ふん!」
物言えぬ動物か天満。
「届かないもん」
「新しいのはどこだ!」
「もらって来なきゃない」
「ええぃうざい! 俺が買ってくる!」
「仕方ないじゃないのー、明日までガマンして」
うるさいので壁のスイッチを切った。点滅は止んだが部室内は真っ暗だ。上質紙とコピーの下で台にしていたライトボックスの電源を入れる。中に入っているのは蛍光管だから、これで結構明るい。
「……に、ニャーちゃん」
「はい」
「下から照らされてて怖いよ?」
天満が暗がりで不気味に笑っている。どうやら暗いのが気に入ったらしい。やはり動物だな。
「あれ? 鍵開いて……ひぃぃぃぃ!」
大豆戸がやってきた。うふふという笑いも聞こえる。。
「せ、先輩達、何やってるんスか」
「セルおこし!」
自分がやっているかのように天満が胸を張って(推定)答えた。
セルおこしというのはセル画にしたいイラストを他の紙にコピーしてちょっと手を入れ、大体の色や影になる部分などを決める作業だ。と思う。ちゃんと習ったわけではないので僕はかなり自己流にやっている。
「まあ!」
僕の手元を見て飯山満が予想通りの嬉しげな声を上げた。彼女の友達が注文した、何だっけ、えらく可愛げな少年のアニメっぽいタッチのコミックを原画にしているのだ。
「うふふふ。カッコ可愛い。いや〜んチラリズム」
「ネコ先輩ショタ絵ですか」
「ショタコンのショタって何」
「ショータロー君は鉄人28号だ!」
そういう絵だったか? あれ。(見たことないが)
「何で暗いの……」
奥から呻き声のような声と共に麻植先輩がずるずると出てきた。どこか気怠げな雰囲気の、越生に言わせると『保健医の白衣着せたくなるよね』なお姉さんである。(あいつ趣味がアレだな)
「先輩寝てたんじゃなかったんですか」
「寝てたよ……」
うーん、とちょっと色っぽく唸ってから麻植先輩は保温ランプを頼りにポットを探している。いつもながら強烈に寝惚ける人だ。
「師匠。女キャラが可愛く描けないんですが、何かコツないスか」
そういえば頸城が隣にいたんだっけ。こいつは暇さえあれば何かスケッチしている。渋い感じのファンタジー系とかアメコミ風とか、そういうのが得意らしいが、女を描いても肩の筋肉が盛り上がっている。
「僕に訊くなよ。コピー機専門なんだから」
「特にカラダ描けません」
「好きな漫画参考にすれば?」
「ノ〜ブ君」
「はあ」
「カノジョ作れば?」
語尾にサッカリンまぶしのハートマークがついています箕面先輩。
「見せてもらうの」
「そんな無茶な」
「芸の為にカノジョですか。姫川亜弓みたいス先輩」
「誰それ、漫画家?」
「ネコ先輩……『ガラスの仮面』知らないんですか?」
「確かB’zが主題歌歌ってた」
「間違いじゃないです。けどそれはドラマです」
「ニャーちゃん、お母さん悲しいわよ」
「だぁ〜っ! うざい!」
天満が派手な音を立てて立ち上がった。地下では響く。
「うるさいな天満」
「ぶんどってくる! 邑楽はいるか!」
「殿、邑楽めは掃除当番です」
「ちっ。頸城、供をせい!」
「ははっ」
いいコンビですね、と大豆戸がウケている間に二人はがたがたと出ていった。コーヒーの匂いが漂ってくる。麻植先輩器用だな、暗いのに。
「先輩。今度セルで描いて欲しいマンガ持ってきたんですけど、読みます?」
作業を終えた紙を棚に突っ込んでいるとすり寄ってきた飯山満がそう囁いた。その後数日、僕はやたら鋭角的な画風の耽美漫画の猛攻撃を受けることになる。(訊かずにそっとしておいてくれ)。
意気揚々と戻ってきた天満達の収穫は、蛍光灯が予備も含めて二本、A4のPPC用紙が二束、ガムテープにトイレットロール、インスタントコーヒー一瓶、新品の教室用の椅子が一脚、紐一巻、下僕一人、ちり取り一つ、雑巾二枚、これも新品のバケツ一つ。こまごましたものをバケツに突っ込んで椅子の上に置き、頸城に持たせてきたらしい。
「どうだ」
「……どこから持ってきたんだ?」
「生徒会だ」
そういえば僕らとタメ年の知り合いだか何だかがいると聞いたことがある。今年も一人下僕を生徒会に送り込んで利潤を得ようとしていたが、新入部員にそれ向きの人材がいなかったので諦めたらしい。と、越生が言っていた。あれは多分冗談ではなかったのだろう。
「で、この人は?」
まだA4のコピー用紙を抱えている三人目の人影を指さすと、彼はおとなしい口調で答えた。
「1−Cの出水 円です……よろしく……」
「下僕3号だ!」
室内履きを脱ぎ捨てて机の上に立った天満が喚いた。
「入部希望?」
「はあ……入院してたので遅れましたけど、まだいいっスか」
「貴様。俺が許可してやったのに確認するとは何事だ」
「あ、すいません」
「くっ! おい、危ないだろうが、やめろ」
どうやら箕面先輩が天満の足を抓ったかくすぐったかしたらしい。周囲にカッターやモデルガンやイバラギケンが転がっている状態で、しかも暗いんだが。
やっと明かりがついた。
「へえ? 盲腸?」
「はい、何かちょっと痛いつーて病院行ったら、もう危険な状態で」
新品の蛍光灯のせいか、室内は和やかな空気に満たされていた。出水は見るからに温厚そうな、実直さの塊のような風貌で、僕は何となくさっき思い出した生徒会云々の噂を思い出した。まさか天満はさっそく出水を送り込む気なんじゃないだろうな。
うちの学校の生徒会は実権などないに等しい。事実上ロンゴロイドの直轄地だからだが、おとなしいというかガリ勉というか、そういう生徒ばかりで生徒会運営など人気がないのだ。推薦を取る為に生徒会に入る者もいるが、それなら勉強に勤しんでテストの点を上げる方が効率的だ。(うちの成績表は数段階制ではなく、中間と期末の点がそのまま出るので大変解りやすい)。誰だって校長の真下で青春を送りたくない。
そんなところに無理に送り込まれれば三年間で人生が嫌になってもおかしくない。まあ、いくら天満でもそこまではやらないだろう。と彼を一瞥すると、天満は満足そうな顔でふっふっと笑っていた。
その真向かいでおとなしくかしこまっている出水。丸々とした鳩が飢えたボクサー犬の前で餌を啄んでいるかのようだ。いやディンゴとか狼との混血とか?
「で? 貴様の特技は何だ」
「はい、何つーか、紙とかで家なんかを作ったり……あんまり特技ってほどのことはないんスけど」
「他に趣味は」
「そうですね、本を読むとか、ネットとか……」
控えめな鳩がポッポと囀っているのを聞きながら僕は利益を追求することにした。ちょうどトレースが終わったやつがある。塗る作業はダベリを聞きながらやるのに一番いい。
「おはよー君達。あれー知らない人がいる」
越生がいつものようにひょろひょろとした足取りでやって来た。
「新入部員っス」
「へえ。じゃあもう一回宴会開けるね〜」
「もうあれを飲むのは勘弁です先輩! お?」
のっそりと入ってきた邑楽が出水を見つけて目を丸くした。
「お?」
「おお〜出水、来たんだ?」
「お前ら知り合いか」
天満が疑惑の眼差しを向けた。邑楽と友達ということはオタク街道を既に歩いているという可能性が高い。邑楽は腐ったミカンか?
「はい、隣のクラスです!」
「ンなの名札見りゃ判る!」
「中学一緒なの俺達だけで……数学とかでも同じクラスですから」
出水が物静かに言った。(社会理科の選択授業は言うに及ばず、数学や英語もそれぞれ偏差値でクラスが替わるので、BとかCというのはホームルームを受けるだけのクラスなのだ)。
「こいつただの白いボール紙からホワイトハウス作れるんス先輩」
「あ、知ってるそういうの。飛び出すバースデーカードのゴージャス版みたいなやつでしょ」
「へえ、あれ自分で考えるの?」
「大したことはやれないです……」
造形か。その方面をやるのは今いなかったし、いい人材だな。口下手なようだし、おとなしすぎて生徒会向きじゃない。運が良かったな鳩。
今までのパターンだとこのへんで、実は師弟関係が大好きとか男同士の友情に不思議な想像力を働かせるとか、そういう性癖が暴露されるのだが、出水は本当にただまともな生徒のようだった。
……いいんだろうか、そんな普通の人がここにいて。
だがよく考えてみれば江古田という前例もいて、ちゃんと順応している。(もしかすると江古田の環境適応能力が異常に優れているだけかもしれないが)。出水はここでやりたいこともあるんだし、大丈夫だろう。
「ネコミ、コーヒーいる?」
「ありがと。クリープ多めでコーヒー少なめ」
「ネコ先輩何でそんな毎日嗜好が違うんスか」
「はーい飲みたい人は自分でやって、お湯は入れてあげるから」
マグカップとコーヒー・クリープの瓶がバケツリレー式に回ってきた。邑楽のカップは天満のを真似して《俺!》と書かれていたが、本家に二重線を引かれている。
「「「あ」」」
幾つかの声に顔を上げると、僕の傍にいた出水がアニメックスの筆洗い用の容器にコーヒーの粉を一匙入れたところだった。その隣には空の紙コップ。
ナントカクンの服はこんな色で、という飯山満の友達指定の水色と、肌のベビーピンクが混ざった怪しい液体の水面に、粉はまだ溶けずに浮いている。
「スタミナドリンクっぽいね」
「わあ、済みません! ごめんなさい、えーと」
「いや混ぜればいいだろ」
「あ〜……」
証拠隠滅。出水はまだおろおろと紙コップを片手に中腰になっている。
「邑楽飲む?」
「いや! いいっス、遠慮します!」
真剣になるなよお前。
「は?」
飯山満の強烈なホ○漫画攻撃が一段落した頃(ある意味セクハラだ)、邑楽が何やら言いにくそうな顔で僕の元に来た。
「いや、俺も違うって言ったんスけど、あいつ気にしやすい奴らしくて」
「僕怖がられてんの、出水に?」
天満や菅生ならそれも当然だが何故僕が。という疑問はすぐに解けた。つまり出水は初日に例のアニメックスコーヒーを作ったことを気に病んでいるらしい。
そういえば面と向かって話しかけられたことはあれ以来ないが。
「あれ面白かったよな?」
「ですよね」
大体あの後出水は自分から水を替えてきてくれたのだ。
「解らん。まあ放っといても大丈夫だろ、それくらい」
可愛い後輩の為にもっと真面目に、と邑楽は真面目なのか冗談なのか区別がつけがたいいつもの口調でまだごにょごにょ言っている。無視して新しいセルを一枚取った。うちの文化祭は7月だ、他にも何か売れるもの作れないだろうか。天満が(多分また違反スレスレのやり方で)模擬店の出店権を取ると宣言していたが……まあ堅実に稼ぐ道を行こう。
「お前らもやんない? エロは禁止だけど」
「『二人えっち』キャラはオッケーですか?」
「服つきならな」
「先輩俺のモラルを疑ってますね。いいですじゃあ『ファイブスター』のファティマいきます」
いきなりそんな細かいやつを描こうとしても難しいよ、なんて忠告は別にしない。自ずと解るし細かい方が塗りムラがないこともある。問題は塗りよりトレースだ、セルは紙と違ってインクを吸収しないからな。
「おはよーございます」
出水がやって来た。いつものようにぺこりと御辞儀する。
「出水何か売り物作れないかな?」
「はい? あの、売り物と申しますと」
お前どこかの丁稚みたい。
「文化祭で稼ぐのだ! うちの部色々お金要るからな」
邑楽が説明した。
「はあ、するとそういうセル画とか……?」
「ふははは諸君! 明日早朝サバイバルゲームやらない?」
「やらない。おはよ菅生。やったことないよな? やりたいなら教えるけど。でもセルばかりじゃなくてイラストでも何でも。例の立体的な細工のカード作ってみるとか?」
「あ、はい、簡単なやつで宜しければ……あの、おはようございます菅生先輩」
「じゃあ宜しく。材料は言ってくれれば買ってくるし、レシート持ってくれば金出すから」
「猫実、このゴーグルを君に進呈しよう。サバゲーはまず第一にゴーグルなんだよ」
「だからやらないって。お前僕の動体視力がゼロって知ってるだろ?」
「だから猫実は木の上に待機して狙撃手……」
僕と菅生の会話を聞いていた出水がはっとしたような顔をしたのが見えたけど、一瞬後に天満が飛び込んできたので忘れてしまった。
「菅生、ただでさえこの連載はタイトルがヤバいんだ、それ以上危険なネタふりをすると登場を差し止める!」(※)
「誰に説明してんの天満君」
「説明ではない。オラオラ今日は油絵の日だ、そこ片づけろ!」
「待て! まだインク乾いてない!」
「にゃあ言うのが遅い!」
……どうしてくれるんだ、これ。
「おはよーございます猫実先輩直方先輩」
「ああ、おはよ」
「ほっほっほ、苦しゅうない」
直方それ爺さんというより殿様だよ。
出水はあれ以来毎日せっせとカード作りに励んでいる。砂糖の塊を見つけた蟻のようだ。何しろ真っ白な上質紙や白ボール紙を使うので、ただでさえ傍に寄ると汚れると女子に嫌がられるセル班から離れて机の位置を直していくうちに、隅にぽつんと離れてしまった。隅っこの好きな頸城のお株を取った状態だが、二人ともおとなしいタイプなのでよく頭を並べてひっそりと作業している。……壁から生えたキノコのような二人だ。
「邑楽、こないだのあれ何だったんだ?」
奥にコーヒーを入れに行くついでに、直方と二人で暑苦しくそこにとぐろを巻いていた邑楽に訊いてみた。
きちんと名前を呼んで挨拶してくれるようになった出水は別に僕を避けているようではない。単に邑楽の勘違いだったんじゃないのか?
「いやーそれがですね」
邑楽はでかい身体に似合わないひそひそ声で言った。
「先輩の名前知らなかっただけだそうです」
「……は?」
「皆にゃあとかネコ先輩とか呼んでるから」
「……別にどうでもいいけど」
「いやあいつ融通が利かないんで。それに本名だとは思わなかったって」
「こいつの本名はにゃあだ! 間違えて憶えてはいかん出水!」
高らかに吠えながら飛び込んできた天満に、キノコ二人は「おはよーございます」とすっかり順応した挨拶をしている。
そういえば出水を生徒会への工作員に仕立てるのはやめたらしい。というよりも多分忘れているのだろう。出水の順応性の高さからみて、天満が思い出した頃には立派な美術部員、もう手遅れということになるだろう。良かったな出水。
「天満うるさい、ドア壊れるだろ! どっから聞いてたんだよ」
「奥の壁に破れ目を見つけた。ボイラー室の方に明かりが漏れているぞ、オラどけ爺ィ。ベニヤベニヤ、あとガムテープ」
一方通行の道に砂利満載のダンプが入っていくように、天満は卓上のトイレットペーパーや筆や落書きの紙を払い落としつつ奥へともぐり込んでいく。奥から何か破壊音。
「おい今割ったの誰のカップだ?」
「ふっ、安心しろ、取っ手がなくても茶は飲める」
「……僕のか」
ふと見ると出水は天満が散らかしたものを丁寧に拾い集めていた。
「地下組織なんですねぇ」
「はあ?」
「いや、明かりが漏れちゃならんというか」
……楽しそうだな。
いつ如何なる状況でもそれを楽しんでしまう出水 円。もしかしてこいつも美術部に来るべくして来たのかもしれない。(というのは付帯的な感想として、整頓好きな後輩が増えたのは万々歳だ)。
「にゃあ、ふん!」
天満が差し出したのはマグカップの取っ手だった。
「あはは、良かったっスねー先輩、接着剤ありますよ?」
「これ僕んじゃないよ」
二重線の端が取っ手の下側に達している。それを示して邑楽に返してやった。今日はとびきり熱いコーヒーでも入れてやろう。
(※後記 これを書いていたのはイラク戦争勃発直後でした)
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