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戦略美術部 2
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戦略美術部 2:トレジャーハンター
ドアを開けると天満と邑楽が野球をしていた。何故この四畳半程度のスペースでやれるのかはこの際問題でも何でもない。天満は野球がやりたいと思えばたとえトイレの個室でだってやる男だ。
壁で鋭くバウンドしたボールを天満のバットが叩き、邑楽のブレザーの腹にめり込んだ。僕らが見込んだ通り、邑楽はぐふっと呟いただけでけろりとしている。だがせめて軟式を使え。
「先輩、今のアリですか」
「判定!」
「おっけー。やあネコミ、悪いけどコーヒー入れてくれないかなあ」
越生がにこやかな顔で邑楽の横から言った。キャッチャー兼ピッチャーの横というのが一番安全な場所なのかどうかは不明だが、バットを振り回す天満の横で悲鳴を上げている箕面先輩よりはましなポジションだろう。
「先輩、机の下の方が多分危なくないですよ」
「もう満員。きゃあ〜」
「天満危ないからやめろよ、ライトボックス壊したら弁償だからな。コーヒー幾つ?」
「俺も!」
天満が怒鳴った。返事になっていない。
奥では今日は直方が日向ぼっこ中の老人のような顔で茶を啜っていた。
「いい天気じゃのう」
「地下でよく判るね」
ポットの前に各自のマグカップを並べる。これは天満がどこからか仕入れてきた無地の白いカップにめいめいがマジックで名前を書いたものだ。新入生の分も週末に買いに行く。ハートつきの『箕面』カップやドラえもんマークつきの『越生』カップの中に、ただ『俺様』と書かれたカップもある。誰のか一目瞭然だ。
乾いた音を立ててボールが四方の壁を跳ね回り、コンクリートの床に何かが落ちる音、箕面先輩の悲鳴、基準は不明だが「ボール」「ツーベース」などと判定している越生の声を背にして、僕はほんのひととき心安らかにコーヒーを入れた。
「猫実君、あたしクリープたっぷり」
ちらっと机の下を見ると、江古田&荏子田カップルが椅子の間に器用に入り込んでトランプをしている。
荏子田亜矢はおとなっぽい外見に相応しいクールな声の持ち主だ。確かデッサンや水彩が好きで入部した筈だが、本人も思っても見なかっただろう順応性で今に至る。女は逞しい。
「江古田は」
「あ、いや、オレはいい……」
好人物な江古田東吾はまだ彼女ほど落ち着き払って状況を静観することは出来ず、きゃあきゃあ言っている箕面先輩の室内履きの爪先を気の毒そうに見やった。
「麻植先輩は?」
「美術室。デッサンの指導だって」
「大変だな美大志望は。天満、そろそろそれやめないと……」
「おはよう諸君。何やってんだよ、上まで声響いてるぞ」
菅生がものすごく常識人のような顔をして入ってくるなり窘めた。天満は駄々っ子のように唇を尖らせている。
「野球のどこが悪い」
「うち美術部だよ天満君」
「美術部が野球をやって何が悪い!」
「コーヒー冷めるよ。はい先輩」
「ありがとうニャーちゃん」
「ニャーちゃんはやめませんか」
「にゃあ。貴様はにゃあだ!」
天満はしつこくにゃあにゃあ言っている。
「羊羹もうない?」
越生がスティックシュガーを次々とカップにあけながら言った。見ている方が嫌だ。
「さあ……一つくらいはまだ」
冬休みの前から食糧箱に入っている筈だから、この際越生に処分してもらった方がいい。木箱を漁ろうとして、ふとその隅から生えている白いものをみつけた。
「……先輩、キノコ生えてます」
「食べていいわよ」
「遠慮します。江古田どう」
「……それ、食べられんの?」
「いや、知らないけど」
やっとバットを放り出した天満が首を突っ込んできた。
「乾かして羽咋に売らせろ、いいか観賞用だぞ」
「似合いすぎるからやめよう」
「あははー、その量じゃ一回分にも満たないよ」
「……越生」
キノコはまだいいが、木箱の縁はよく見るとカビも生えていた。毎日ここに納めたマグカップを使っているのに、耐性がついているのだとしても嬉しくない。
「よし、大掃除だ」
天満が重々しく宣言した。
「こうなったら部室中全部徹底的にやるぞ。少しは広くなる。特にあのへん!」
彼は逆側の壁の棚を示した。オタクな雑誌や壊れたアグリッパ像や夥しい筆の残骸、昭和の日付の新聞や得体の知れない箱がサンドイッチの断面図のようにぎっちりと詰められ、いつも物を取り出すのにコツがいる恐怖の棚だ。
「白骨死体隠しても数十年はバレなさそうだね」
「地下で湿度高いから死蝋だと思うよ」
「越生いつも何読んでるんだ?」
「おりゃ、開始!」
天満がバットで机の端を叩いた。
がたがたと机を廊下に運び出し始めた僕らを、通りすがりの一般生徒が階段の上から気味悪そうにちらちら覗いていく。ごくまっとうな部活動の一環だ。(今日はそう言える)。
確か以前にも掃除と称して掘り返したことがあるのだが、あれはまだ甘かったことを僕らは思い知った。大量のアニメックスの瓶をいちいち検分しては、これはダメ、これは蓋が開かない、とゴミ袋に放り込む。ちなみにアニメックスというのは字面で判ると思うがセル画用の塗料で、乾くと樹脂っぽくなる。歴代の部員がいかにセル画で口に糊してきたか……否、いかにまともな美術部活動をして来なかったのかが如実に見て取れる。中には描きかけの古いアニメのセル画もあり、邑楽と直方がほほうと感嘆している。
「凄いです、ヤマトです先輩」
「うむ、デスラー提督万歳」
箕面先輩によると、『宇宙戦艦大和』とはどこか遠い星にスペースクリーナーなるシロモノを取りに行く話だそうだ。宇宙戦艦が造れるだけの科学力があって何故そんな掃除機もどきが造れないのか理解に苦しむ。というか設計図を送ってもらう方が早いんじゃないだろうか。
「オラァッ! サボるなジジイ。オーラ、手を貸せ」
半分ほど空にした棚を持ち上げて、天満と菅生がユサユサと揺らしている。邑楽が慌てて飛んでいった。
「ふっふっふ、倒したら面白いことになるね」
「面白くない。ぎっくり腰になるよ」
「ふん、そんなヤワな鍛え方はしていない」
「お前美術部だよな?」
「にゃあは自分のブツ片づける」
いつからセル画材一式は僕のブツに……。
下が埃でロンドンのスモッグ状態なので、喘息持ちの僕はアニメックスの山ごと階段の上に避難することを許可された。
「ネコ先輩、パンピーの視線が痛くないスか」
遅れてきた大豆戸がミニスカートのまま隣に腰掛けて選り分けを手伝い始めた。
「いや別に」
「先輩割とそういう人ですよね」
「それより制服につくとクリーニング──」
大豆戸が力任せに蓋をねじ取った瓶から、ベビーピンクの塗料がたらりとミニスカートに垂れた。
「あ」
「──でも落ちないって言おうとしたんだけど」
「先輩それ先に言って下さい」
「お、何、今日は部活やんねぇの?」
羽咋がネクタイを外しながら降りてこようとしたが、階下の状況を見るなり一瞬で消えた。さすがに逃げ足が速い。
「今羽咋の声しなかったか?」と下から天満が吠えた。
「気のせい」
「マメ、スカートの中見えんぞ」
「大丈夫です〜スパッツ穿いてます」
「ちっ」
「天満君! すごいものあるよ」
珍しく興奮したように越生が部室の中から叫んでいる。呼ばれた子犬のように大豆戸がぱっと立ち上がって駆け下りていった。
……スカート乾く前に何とかした方がいいと思うけど。
「こ、これは名刀《イバラギケン》!」
埃がやや収まってから降りていくと、天満が大喜びで板きれのようなものを振り回していた。
「……何それ」
「にゃあ知らないのか? イバラギケンは我が美術部に代々伝わる三種の神器の一つだ! その昔オオクニヌシノミコトがイナバの白兎を退治した時その腹の中から出てきたという」
「何かの台本もあるぞ、えーと神田川レッド?」
「戦隊ものっスね」
「先輩がね、花火やった時に拾ってきたの痛痛痛〜っ、本気で痛いってば!」
この部の部員は本当に昔から何をやってきたんだ。
「どこからその名前が出たんだ天満」
「書いてある!」
その板きれにはへたくそな字で大きく《茨城剣》と書かれていた。やれやれ。
「何でイバラギ?」
ある種の金属かセラミック製品でなければ興味がない菅生が退屈そうに尋ねた。
「花火したところが利根川の河川敷」
「そんなとこまで遠征して拾ってきたんですか……さすが師匠達の先輩方」
いつの間にか来ていた頸城が重々しく呟いた。
「そしてね天満君、これ!」
「おお!」
再び越生が取りだしたのは広辞苑くらいのサイズの物体だった。テンキーと液晶表示板がついていて、古いレジの一部のように見える。ひっくり返した菅生が黒板消しサイズの箱を抜いてしげしげと眺め、ふとにやりと笑った。
「リチウム電池。漏れてたら面白いね」
「何、それ電池?」
「まさか戦前からあったんじゃないだろうな」
「ところでこれ何? 電卓?」
付属品らしい黒いものを手にとっていた天満がふと電池をはめ直し、その黒いカセット(だった)を差し込み口に嵌めた。
「成程、そうやるんスか師匠」
「あ、電池切れてますね」
当たり前だ。
「これは三種の神器の二つめ、亜空間発生装置だ。この黒いカセットの中には我が部二百年の叡智が凝縮されている」
「おお、凄いスね先輩!」
「オレ達10期生だぜ」
そろそろ上に戻って選り分けの続きやるか。
「天満君、もう一つは〜?」
天満は一瞬考えたようだった。
「それは我々がロンゴロイドの迫害により地下に追いやられた時以来失われているのだ。だがおそらくこの部室のどこかに隠されている! それを探すのだ下僕共!」
わあい、と素直な後輩達は再びそれぞれの持ち場に戻っていった。
「馬鹿じゃないの」
スカートをきちんと畳んでしゃがみ込んだ荏子田は僕の説明を聞くなりそう言った。
「身も蓋もないね。ゴミ捨てお疲れ様二人とも」
「いや……」
江古田は童顔に後ろめたそうな表情を浮かべた。いや適度にサボるのはいいんじゃないのか別に、下があの有様だから。
「それで何か見つかったの」
遙か階段の下には、廊下にあった古いイーゼル(別名キノコの温床)の中から使えないものを選り分けている飯山満が見える。お嬢様には似合わなさそうな仕事だが、彼女はキノコを見つけるたびにうふふと笑っては一人楽しんでいるようだ。誰も近づかない。
「そういう続報はないけど」
下からどよめきが聞こえた。歓声なのか悲鳴なのか不明だ(うちの部ではどちらも似たようなものだ)。
「バカ、捨てろ!」
「凄いねこれ、賞味期限去年の十月って書いてる」
「ってことは新学期早々あたりに誰かが持ち込んだんスね師匠!」
「計算早いねノブっち」
「何でもいいから捨てて〜っ」
「このカビは五分で肺が腐りますよ」
「くっくっく、燃やそう」
何を見つけたんだか聞きたくない。
「……見つかんなくていいんじゃないの」
江古田が控えめに呟いた。
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