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戦略美術部 epi
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ふん!
戦略美術部 epi:人生到るところに美術部あり
「お久しぶりです、ネコ先輩」
ホテルマンらしく折り目正しい挨拶をしたのは2コ下の後輩、三養基だ。若いな、数年ぶりだというのに全然変わらない。歩きながらそう言おうとした途端に三養基の懐で妙な着信音が鳴った。
「……何それ」
「『@@@(聴き取れなかった)』の$$$(左に同じ)です。……あ、アニメです」
頭蓋骨の中身も変わらないらしい。
「頸城が好きそうだな。あいつ元気?」
「はあ何とか。そうだ先輩、渡辺謙がお好きならまず『&&&&(左斜め上に同じ)』観ましょうよ、基本です」
「今ならラストサムライじゃないの」
「最初から極めて下さい」
三養基の専門は時代物と仮面ライダーシリーズだ。美術部の中でも一番コアな部類に属する割に、性格は一番まともな好青年。平々凡々な趣味を持つ犯罪者の対極というべきか。
「今日誰が来んの」
「えーとふっちー先輩はちょっと無理ということで、あと頸城先輩もパスだそうです」
当然だろうな。富津は名古屋の商家の長男(箕面先輩によれば、結婚相手として一番人気がない三条件だそうだ)の元に嫁入りしたし、頸城もここから片道3時間かかる遠い地の住人になっている。三養基や出水とよくつるんでいるらしいが、場所的にどのへんまで折り合いをつけるのだろう。
「よ! ネコミっちゃんチャオ、久しぶりィ」
背後からチャリチャリという音と共に声をかけてきたのは、振り返るまでもない。……だから何故お前はこの家の前で会う度にサンダル履きなんだ、羽咋。
「変わんないねーあんまり」
「お前もな」
高校にいる時間よりもバイトに勤しむ時間の方が長かった羽咋は、そのままバイト先の警備会社に就職して今に至る。らしい。風の噂ではパチプロになったとも聞いたが、二足のワラジを履いているのだろうか。こいつには似合いそうだ。
「菅生来れなかったって?」
「嫁さん貰ってから忙しいみたいだよ」
「菅生先輩の嫁さん……」三養基がまだ信じがたそうに呟いている。ああ、お前よく菅生のガスガンの標的掲げる役やったっけ。
「可愛かったよ。見た目似合いだった」
「可愛い嫁さん……世間は不条理だ」
「あいつ今不動産屋やってるってマジ? 客商売出来んの?」
「自分で『悪徳不動産やってます』って年賀状に書いてきたんだから間違いないだろう」
「悪徳不動産……」まだ三養基が呟いている。そこは動じるところじゃない。
『皆外で何やってるの? 入れば』
箕面先輩の声がインターホンから聞こえた。上を見上げると、いつもの宴会室から誰かが覗いている。あのでかいシルエットは邑楽だろう。
「入ろ」
三養基の脚を背後から軽く払って、中に促した。
「邑楽寒い窓を閉めろ! そこゴミ落ちてる拾え。にゃあ会費徴収、誰かケータイ鳴ってるぞうるせぇ。そこ、コップを床に置くな」
会社で上司と喧嘩した挙句辞表を叩きつけたこの男は、相変わらず忙しなく命令を繰り出している。今度別の先輩と一緒に会社を興すそうだ。一時は連絡先が目まぐるしく変わったが、実家に落ち着くことにしたらしい。天満の一寸先など判ったものではないが。
「うふふ、ネコ先輩お久しぶりです。コンタクトにしたんですか? 先輩やっぱり黒髪サラサラのメガネ君タイプでいて欲しいです永遠に」
飯山満が手で口を隠すという大和撫子笑いで出迎えた。相変わらず綺麗なんだけど妙なオーラにも拍車が掛かっているような気がする。その形容詞じゃ菅生だろうが。
「裸眼。そのでかい荷物何」
飯山満のワンピースに似合わない黒い大きい鞄。訊くまでもない、いつも年末に海辺で開催される祭典だろう。そこに行けばほぼ確実にこのメンツの8割には会えるので、僕は同窓会と呼んでいる。ただしこいつらの顔を見る為だけに行くのも何だから、もう何年も足を運んでいないが。
「衣装です。先輩着てみます?」
「嫌だ。怪しい本かと思った」
「ふ。それは宅配済みです」
甘かったらしい。
「ネコ先輩だー。あのねあのね、凄い怖いことが判明しました」
背後から大豆戸が首を締めてきた。
「何」
「邑楽に双子の弟がいました! 性格もコピー」
「……人数プラス1ね。越生は?」
「それがお店忙しいとかで朝帰っちゃいました」
神田川学園をかなり凄い成績で卒業したらしい越生はしかし、進学せずに就職した。しかも花屋だ、ある意味似合いすぎ。手がざらざらに荒れて変色していたが、本人は相変わらずのほほんとしている。
「お、くるみ。元気?」
ふらりと入ってきた美猫が小さい声で挨拶してくれた。身体が小さめなので、孫猫(ナツの嫁入り先から一匹出戻った)と並んでいるとどちらが祖母なのか一見判らない。猫パンチは健在で、よく邑楽が悲鳴を上げている。……学習しろ。
「オラ邪魔だ、入口に溜まるな!」
「上官殿、ローソン行ってきます」
「ついでに氷買ってこい。このビデオ誰んだ、踏むぞ!」
「わああそれは@@@の幻の第一シリーズ第一回が入っている、あっぶねー」
「はいはいみんなどいて、火傷注意してね。あらニャーちゃん久しぶり」
「どうも。……先輩、割烹着似合いすぎです」
「そりゃみんなのお母さんとしてはね。オッサンー今からそのペースじゃすぐにビール腹よ」
「だーいじょうぶ、まっかせなさい。けけけ」
「遊佐上等兵、只今戻りました!」
「儂の梅昆布茶はあったかのう」
「ハイこれです。こっちレシート」
直方……お前はあと40年は老ける必要はないからな。
「おう、大体揃ったな」
「邑楽がまだっス」
「へ? 窓際にいるのは?」
「あれはコピーの方です。鼻の頭が赤いです」
邑楽’がてへっと笑った。……区別がつかない。というか兄を置いてきたのか。忘れてきたのかもしれない。確かに兄弟だ。
「無視。皆の者グラスを持て!」
「ネコ先輩、今日は頼みますから卵ボーロはなしにして下さい」
「持ってきてない」
「それはそれでちょっと寂しいデス」
「ふっ安心しろ遊佐、昨日の夜のブリ大根が何故かここにある。にゃあ、心おきなくこいつのグラスに入れろ」
「いいいいやいいです〜」
「ふん、神田川学園美術部OB会を始める! 乾杯!」
かんぱーい、とビールや烏龍茶やカクテルのグラスが打ち鳴らされた。
僕らの地下部室は僕らが3年に進級した直後に閉鎖された。
何か決定的な藪をつついたとか不祥事を起こしたとか、そういうことではない。(少なくとも見つかっていない)。ただ日頃のささやかな膿がロンゴロイドの許容範囲の飽和量に達しただけだ。しかしただでさえ文化系の弱い我が校のこと、曲がりなりとも美術部を消してしまっては外聞が悪い。ということで、僕らはその後暫くの間、中等部の美術部に間借りすることになった。(高等部には美術という選択科目がなかったのだ)。日頃天満の「今日は掃除だ!」に慣れていたせいか、引っ越しが面倒というほどの感慨もなかった。新しい借家が広すぎ明るすぎて落ち着かなかったことは否めないが。
そしてクラブハウスが完成すると美術部もそこに移り、再び悪の温床に……もとい、ささやかな営みを再開した。尤も麻雀やラーメン作りや室内球技はあまりやらなくなったが、これは校長の巡回の目がうるさくなった為というよりは、僕らの時代から遊佐の時代へと移った為かもしれない。
僕らの翌年は出水、そして次は遊佐と、越生の推測通りに主権は順当に移った。誰が部長だろうと、相変わらず全てを決定したのは天満だが。そして僕らの卒業後は遊佐がその轍を踏んだだろうが、それが上手くいったかどうかは僕は知らない。遊佐という男は天満よりも計画性はあったが、山師体質はとても及ばなかった。一つ上の出水達を器用に立てつつ美術部を仕切った手腕はえらいものだが、今もローソンに氷を買いに走るような立場を説明するまでもないだろう。
「遊佐まだ&&先生のアシスタントやってんの?」
「や、今は@@@@@@でエエトこういう仕事を」
「ふーん編集長? 凄いね」
「潰れたな」
「そんなー天満先輩、ひどいっス」
「出水君コンロ中央に寄せて。みんな、箸で取ったものは食べなきゃ駄目だからね」
「や、闇鍋……俺ネコ先輩の隣嫌っス」
「ふん。こういう時はむしろ正面の方が危険なのだ! とりゃっ!」
別に僕が具材を入れているわけじゃないだろうに。
「む、これは何だ」
天満の箸の先で震えているのはどう見ても市販の蕎麦つゆの小袋だった。
「飲むのか天満」
命令調で言うとむきになって食べるかもしれない。天満は渋い顔でそれを取り皿の端に寄せた。
「戦争行かずに済みますよ先輩」
「量が足りませんな」
「いや、それ醤油だろ?」
「ええいうるさい! ビーチバレーで勝負だ!」
「えー今からですかー」
「あ、ボール持ってきました」と遊佐がいそいそと鞄をあさっている。……何故持っている。
「仮にも五月には父親になるって男がこれでいいんですか先輩」
箕面先輩、もとい、天満明日美先輩はそうねーといつものように笑って首をかしげた。
「オラ下僕共外に出ろ」
騒ぎながらも一同妙に楽しげに立ち上がる。食べ終わってからにしろよ。
「にゃあも来い」
「寒いからやだ。くるみと留守番してる」
「あたしもー」
「ええい相変わらずノリの悪い!」
「こんばんは! 遅くなりましたがあけましておめでとうございます」
「邑楽、まだ年明けてない」
十年後も同じかもしれない。ここはサザエさんワールドか。
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