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戦略美術部 10
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戦略美術部 10:旅の恥もかき捨て
「♪どっこから来たのかごっくろうさんね」(© 山本正之)
──唐突に朗々とした美声が聞こえたような気がして思わず振り向いた。後ろにいたクラスメイトが不思議そうな顔をする。確かナントカという奴だ。
「どうかした? ネコザネ」
「いや」
天満はすぐ後ろのC組だ。だから奴の歌声が聞こえても距離的にはおかしくはないのだが、空港でゲートの順番待ちをしている時にタイムボカンのテーマを歌うだろうか。
「俺ネコザネと喋るの初めてかも。っていうか、ついネコミとか言いそうになるんだけど」
「何でもいいよ別に」
テレビ局が来ている。今時修学旅行に海外に行く学校は珍しくないが、これだけ大人数だと話題性があるらしい。見渡す限りダークグリーンのうちの制服だ。天井の風景が違うだけで学食と変わらないが。
「こいつなんてさぁ、真面目な顔してネコジツって読んでた」
「言うなよ本人の前で」
「いいよ全然。慣れてるから」
ロンゴロイドが視界に入った。離陸前に不吉なものを見てしまった。マイクに向かってそっくり返っている。奴の背中には見えないつっかい棒がついているに違いない。
「下の名前何?」
「彬」
「あーじゃあアキラって呼ぼう」
「おーラブラブー」
「だってこれから一週間二人部屋だし」
「枕投げしたかったな俺」
「やれ、許す」
──♪ビュンビュン・チュワッチュワッ・ビュンビュン・チュワッチュワッ
……天満菌にやられたのかもしれない。さっきから何故この曲が頭から離れないんだ。
「あー良かったマトモな奴だ。お前『幻のクラスメイト』とか言われてたの知ってる?」
「は?」
「だって授業終わったらいないし学祭も殆どいなかったし」
「ああ、ごめん」
「で、美術部って実際どういうとこなんだ? 時々地下から歌みたいの聞こえるんだけど」
「そうそう、笑い声とか」
「怖ぇ……オレの友達麻雀牌混ぜる音聞いたって」
「ぶははは」
全部事実だ。
「じゃあB組、こっち〜」
「おお、やっと動く。そういえば昔『ポリスアカデミー』でさー、校長のバッグの中に金魚鉢が入ってたな」
「何それ」
「税関でちゃんと写ってんの、中の金魚が泳いでんのが」
「マニアだなお前」
などと和やかにタラタラと牛歩で歩きつつ、ゲートをくぐった途端、
ピンポーン……
「わははネコザネ鳴ってるー」
「スイマセンちょっとポケットの中のモノ出して」
……あれ? 何故カッターが。ああそうか、昨日出水と一緒に切り絵のカードの試作してて。結構いい出来だったから来年売れるな。
「ハイもう一度通って下さい」
ピンポーン……
「ネコザネ……」
別に他に金属物はない筈だ。菅生じゃあるまいし──あ、十徳ナイフ。
「ネコザネそんなもん持ち歩いてんの?」
「いや、昨日貰った」
実は昨日は僕の誕生日だったんだ。と、切り絵の最中にふと思い出したら菅生がくれた。箕面先輩は帰りにフレッシュネスバーガーで奢ってくれたし越生は読み終えたばかりの『形而上学』をくれたし、羽咋まで柿ピーとシュークリームくれたな。
それにしてもこんな小さい十徳ナイフで鳴るのか。友達はメキシコからオレンジを偶然密輸入したって聞いたけど。
どうします? と何かひそひそ話していたゲートのお姉さんが苦笑しながら、いいわよ、と返してくれた。
暫くしてから遙か後方、おそらくD組の列でまたピンポーンという音と「そんなものを機内で、いや海外でどう使うんだ!」という声が聞こえた。……菅生に間違いない。
「一日遅れでおめでとうだ!」
……何故ブリティッシュコロンビア州州議事堂の前に仁王立ちになっているんだろう、この男は。神田川学園の制服が州知事選挙に臨む候補者の仕立て下ろしのスーツみたいに見える。
議事堂というよりは美術館か何かのように見える麗々しい建物と、綺麗に手入れされたやたら広い敷地。カナダはどこに行ってもとにかく広大で、公私いずれの建物もフェンスというものがない。なのに矮小な人間関係に出くわすというのは……そういえば2日目にビクトリアの自主研修行動時間が同じと言っていたな。数奇な縁でも何でもない。
背後では同室のナントカ君以下、同じ班の奴らが物珍しそうにこっちを眺めている。美術部、という声が聞こえた。ここ数日間の僕の毒抜きがいっぺんに水の泡だ。
「天満、観光客の邪魔」
「そういう時は『ありがとう』だにゃあ」
「ああどうもありがとう」
だがそれは出立の前日に部室で「老化の呪文だ!」と皆でそろって歌ってくれたことで済んだ筈だ。
「もう今日は翌日じゃなくてその次」
「馬鹿者。カナダと日本では時差があるのだ。貴様は二度歳を取ったのだ」
「いや時差といっても確か6時間……」
「ふん! 俺が決めた。にゃあの予定表はこれか。蝋人形館にミニチュアワールド海岸通りガバメント通り……大体同じだな」
「だね」
ニヤニヤと笑う菅生が当然のようにそこにいた。菅生と同じ班らしい奴らが遠ざかっていく。
「菅生、置いていかれるよ」
「固いこと言うね猫実は。いいんだよどうせ大体同じコースだから。天満君とこの奴らも君んとこと意気投合してるよ」
お〜ナントカ一緒に回ろうぜ、という声が聞こえた。よく合同授業になるからC組の連中とはほぼ顔見知りなのだ。まあ、どうせ名前憶えていないからどっちでもいいが。
「ふっふっふにゃあ、これは何だ」
「カメラ」
天満は胸にぶら下げた一眼レフを見せた。正しい日本人観光客というよりは高校にもぐり込んで怪しい盗撮を行うカメラマンのように見える。そういえばこいつ写真部でもあるんだ。学祭でも写真を売りまくっていたな。C組の教室の背面にずらっと並べていたけど、焼き回しの費用だけで儲けはゼロだから校長もクレームをつけなかった。(印画紙を安いのに変えればそこそこ儲けられるのに、実費しか頂かないというのが天満の主義らしい)。
「誕生日プレゼントをやろうにゃあ。修学旅行の写真だ! 機械音痴の貴様はどうせ撮るまい」
以前箕面先輩にシャッターを押すように頼まれた時、何故かカメラの裏蓋が開いてしまったことがある。以来誰も僕にカメラを触らせようとしない。面倒がなくていいけど。
「嫌いなんだよ」
「ええい血も涙もない。人の親切を受けろ」
「じゃあ風景だけ」
よし、と天満は満足そうに頷いた。こいつはカメラの腕はいいから、そういうのはありがたい。
「まずは一日遅れだが一曲……」
「大道芸は僕の自主研修の予定にはない」
「『感激ゲキレイマンの歌』はどうだ」
「帰ってから部室で聞く。蝋人形館の見学時間は30分だぞ」
「くっくっく、ギロチンとかないかね」
ナントカ君達が、やっぱり、という顔をしている。
♪過去と未来と昨日と今日を……
ああ、空港で脳裏に流れていたのはこの伏線か。
「ニャーちゃん……それだけ?」
「えーと……ああ、ロブスター食べました。アルバータ牛よりサーモンステーキの方が美味かった」
「それだけ?」
「チップスアンドフィッシュ安かったな。ハンバーガーセットがえらいダイナミックで、それと一緒に飲んだペリエが日本に帰ってきて見た最初のニュースで発ガン性と言われていて」
「天満君達との邂逅を除くと見事なくらい思い出がないね」と、メープルシロップをつまんでいた麻植先輩もしみじみと言う。
「わーネコ先輩、マメこの怪しい菓子アタリです! 触ると手が黒いです」
箕面先輩の前に置いたのは、ニャーちゃんメープルシロップ固めたタブレットあったら買ってきてね、と頼まれていたやつだ。先輩結構グルメだから多分美味いんだろう。一年にはビクトリア島に渡るフェリーの中で見つけた一山1ドルの怪しい菓子(備え付けのビニル袋を広げ、コインを入れるとザーっと落ちてくる)、ボールペン、正体不明の多分食用らしい固形物、やたらでかい黒のドクロTシャツ、缶バッヂ、このへんを袋に入れて抽選させる。全てハズレだが。
「その添加物、日本じゃ許可されてないやつじゃないの」
「かもしれません」
「こ、これは! 先輩このトーテムポールにクトゥルフ神が」
「うん。見た途端に出水思い出した」
どこから見てもまともだと思っていた出水にそんな一面があるなんて、つい最近まで知らなかった。クトゥルフマニアなんだ、こいつは。天満が撮ったトーテムポールの写真を前にして何やら邪神召喚の呪文を唱えている。ちなみに名指されている不幸な物体は多分クジラだ。そんなものをトーテムポールに入れるカナダ人(イヌイットらしい)も変わっている。
「ニャーちゃん……それだけ?」
「あ、これガメてきたホテルのボールペン。続き部屋にあれ何て言うんですか、物書き用の小部屋までついてました。1ランク下げればいいのに……センチュリーハイアットとあとこれ何だ、誰かいる?」
「うふふ、先輩このシャンプーとリンスのセット下さい」
「ふん、先着一名に機内食ジャム詰め合わせ!」
「はいはいはいはい!」
「よーし腕相撲で勝負だ!」
今先着一名って言わなかったか天満。
「ニャーちゃんに旅の情緒を期待したあたしが馬鹿だったわ……お母さん悲しい」
スイマセン親不孝で。
机上の写真を一瞥した。どこかの街角の噴水に落ちていた紅葉の写真だ。天満は時々面白いものを撮る。残念ながら親には「何故アンタ写ってないの!」と怒られたが、自分の写真を何枚も眺めて何が楽しいんだ?
「ふっふっふ、次はこのタンザナイトと翡翠のペンダント! 挑戦者はどいつだ!」
「あたし欲しい〜」
「俺はいつでも勝負を受ける!」
後でナントカマンの歌も歌って貰おう。
なにぶん十数年前のことなのでデータ少ないのです。
山本正之氏の関係者の方々、作中の引用に問題がありましたら御指摘下さい。
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